アニメを強化、25年度最高益狙う 松岡宏泰・東宝社長
松岡宏泰・東宝社長
Interviewer 秋本裕子(本誌編集長)>>これまでの「2022年の経営者」はこちら
── 新型コロナウイルスの感染拡大は、映画・演劇などエンターテインメント(エンタメ)業界には大打撃でした。この3年間をどう総括しますか。
松岡 政府による緊急事態宣言が2020年4〜5月に出て、全国の映画館の営業を休止しました。エンタメが「不要不急」の扱いを受けたことはショックでした。ただ、6月に再開し、その年の10月に当社が配給したアニメ映画「鬼滅の刃」が特大ヒットしました。今もコロナの影響は残っていますが、映画業界の全国興行収入が過去最高だった19年に比べても、8割くらいまで戻ってきています。
── 異常事態から得た教訓は。
松岡 エンタメがなければ人生は豊かにならないということを再確認しました。また、目の前のことに必死で取り組むのと同時に、コロナ禍を抜けた後の経営ついても早くから考えることができたのは、良かったことです。
── 今年4月にグループ経営戦略を策定し、アニメ事業を映画、演劇、不動産に続く「第4の柱」に位置付けました。その狙いは。
松岡 当社は「ドラえもん」から始まって数十年間、映画館にアニメ映画を提供しています。実写の映画は基本的に製作して映画館で上映した後、数カ月後に配信し、ブルーレイなどのパッケージ商品として発売し、テレビで放送されるというサイクルでビジネスが回ります。アニメの場合は、まずはテレビ放送でファンを育て、次に映画を出すことで、さらに収益向上を狙い、映画館で大ヒットになればパッケージ商品や配信の2次利用で強力に展開するということが可能です。アニメは広がりのあるIP(知的財産)ビジネスを展開しやすいのではないかと考え、第4の柱に位置付けました。
米国でもアニメが人気
── 東宝が製作と配給に関わったアニメ映画では、最近のヒット作品に「呪術廻戦」があります。アニメは海外展開が狙えると思いますが、その場合はアジアが有望市場でしょうか。
松岡 アジアもそうですが、有力なのは北米です。呪術廻戦は日本の興行収入が138億円で、特大ヒットと言えます。米国を含む海外の興行収入は120億円くらいでした。長い間、映画ビジネスに携わってきましたが、日本での特大ヒットとほぼ同水準の数字を海外で稼ぐことができたことは隔世の感があります。これによって、米国にはアニメファンがたくさんいることが分かりました。
── 今年度は特撮映画「シン・ウルトラマン」などのヒット作もあり、豊作と言えるのでは。
松岡 シン・ウルトラマンに加え、米国映画「トップガン・マーヴェリック」もあり、邦画と洋画でともに大ヒット作品が出たのは20年以降では初めてです。ほかにも「キングダム」や「名探偵コナン」も人気でした。11月からは新海誠監督の「すずめの戸締まり」というアニメ作品を配給します。これには非常に期待しています。
── 映画には興行成績の大きな変動が付きものです。経営に影響を与えないように、どのような工夫をしているのでしょうか。
松岡 経営全般でいうと、営業収入の3分の1近くを稼ぐ不動産事業の土台があります。テレビが普及して映画は「斜陽産業」と言われた時に、東宝は比較的早い段階で他社に映画を製作してもらって配給に専念するという、リスクを取らない方向にかじを切りました。東宝の今の経営がうまくいっている要因の一つです。
その後、映画製作に出資する複数のスポンサーを募り、リスクを分散しながら、参加メンバーがノウハウを持ち寄って収入の最大化を図る「製作委員会モデル」が確立しました。これが今の映画界の主流です。一方、当社の「ゴジラ」シリーズの作品は、日本で製作する時は100%当社の出資で作り、「自社ブランド」の感覚で展開しています。
── 興行面ではシネコン「TOHOシネマズ」を展開しています。特徴と強みは何でしょうか。
松岡 東宝の創始者である小林一三の「全国百館主義」のもと、全国の主要駅の前に映画館を作ってきました。当社は都市の好立地に優先して運営しており、結果的に高い集客力が強みになっています。
── 中期経営計画では最終の25年度までに過去最高の営業利益(20年2月期の528億円)の更新を目指しています。
松岡 日本の映画興行界がコロナ前の健全さに戻るかどうかが鍵になります。(映画以上に打撃が大きかった)演劇での収益回復も、コロナの影響がほとんどなくなることが前提です。したがって、コロナが収束した時に初めて最高益を目指すことができると思います。
一方で、今の段階で攻めることができるのはアニメ事業と海外です。この二つは大きく伸びる可能性があります。海外を伸ばすことができれば、最高益を狙えるのではないかと考えています。
(構成=浜田健太郎・編集部)
横顔
Q これまで仕事でピンチだったことは
A 子会社(東宝東和)在籍中、数億円の債権回収を担当したことです。海外のプロデューサーから返済してもらえず、訴訟をして4年かけて回収しました。
Q 「好きな本」は
A 隆慶一郎の時代小説です。以前は年80〜90日間、海外出張をしていて、本を多く持って行きました。
Q 休日の過ごし方
A 映画を見たり妻と買い物に行ったりです。テニスはやめましたが、弟(元プロテニス選手の松岡修造氏)と食事に行ったりはします。
事業内容:映画・演劇、不動産事業
本社所在地:東京都千代田区
設立:1932年8月
資本金:103億円
従業員数:3239人(2022年2月期、連結)
業績(22年2月期、連結)
営業収入:2283億円
営業利益:399億円
■人物略歴
まつおか・ひろやす
1966年4月イタリア・ローマ生まれ。私立慶応義塾高校卒業。89年3月慶応義塾大学法学部卒業。92年米ピッツバーグ大学経営大学院修了。94年1月東宝東和入社、2008年4月同社社長、14年5月東宝取締役。常務などを経て22年5月から現職。56歳。
2022年11月29日号掲載
編集長インタビュー 松岡宏泰 東宝社長