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スズキやヤマハが大増産「GDP世界3位」の底力 安藤大介/加藤結花(編集部)

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「最近、インド関連の問い合わせが非常に多い。日系企業の熱の入れ方は、これまでにない状況だ」──。日本企業の新興国進出を調査しているメガバンク関係者は驚きを隠さない。

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 人口14億人台のインドは2023年にも中国を抜き人口世界一になる見込み。さらに、15歳から64歳の生産年齢人口は、9億5000万人と総人口の7割弱を占める。消費市場としても、生産拠点としても中国に次ぐ潜在力がある。実際、国際通貨基金(IMF)は、27年には国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界3位になると予測している。国際協力銀行が22年12月に発表した国内製造業の海外投資調査では、今後3年程度の間に事業展開が有望な国・地域を問う設問で、インドが中国を抜いて首位に立った。「未来の巨大市場」に出遅れまいと、日本企業の「インド進出熱」は過熱するばかりだ。

シタール奏でる鍵盤人気

 インドに進出している日本企業の鼻息は荒い。インドの自動車市場で5割近いシェアを誇り、日本企業のインド進出の最大の成功例とされるスズキは、新工場を25年から稼働、新工場で100万台の生産を目指す。同社の年間の生産能力は現在の年225万台から大幅に拡大する見通しだ。同社の鮎川堅一・副社長は、「世界最大級の人口を抱える割には、自動車の保有率は3%と低い。都市と地方、富裕層と貧困層のギャップはまだまだ大きいが、中間層は勃興しつつあり、非常にポテンシャルがある」と説明する。

 楽器メーカーのヤマハは17年、南部チェンナイに工場を着工、19年から本格生産を始めた。インドの打楽器「タブラ」や弦楽器「シタール」の音色を奏でるインド専用モデルのキーボードを開発し、売り上げを伸ばしている。ヤマハインド法人の平岡健社長は、「結婚式などのイベントで、伝統的な音楽を演奏するには不可欠な楽器」と説明する。高度成長期の日本のように西洋式のピアノを習いたいという人たちが増えており、音楽教室が盛況なことも楽器需要の増加につながっている。

 中東やアフリカなどの新興国への製造・輸出拠点としての潜在力の高さもインドの魅力だ。インドで生産するスズキの自動車の15%がアフリカ、中南米、中東などに輸出されている。インド工場では日本流の改善活動が根付いており、品質は既に日本の工場と肩を並べているという。実際、世界戦略小型車「バレーノ」が16~20年まで日本向けに輸出・販売された。バレーノは日本で必要とされる四輪駆動車の設定がなかったので、販売は短期間で終わってしまったが、鮎川副社長は、「これから日本への輸出の機会は増えてくると思う」と期待を寄せる。

 ヤマハも同様に、インド工場を「地産地消」の観点だけでなく、中東、アフリカ地域へ製品を送り出すゲートウエーとして期待する。これらの地域と、特にインド南部地域は古くからの文化的な共通点があるためだ。

 インドのさらなるメリットは、「英語でコミュニケーションができる環境」(ヤマハインド法人の平岡社長)だ。オフィスで勤務するスタッフは英語でやりとりし、文書も英語で作成する。工場の中でも、労働者間では現地の言葉による会話はあるが、英語が“公用語”で業務のしやすさにつながっているという。

「世界の工場」と位置づけられてきた中国が、米中対立から地政学リスクが高まっており、リスク分散の観点からも、インドでの「ものづくり」は有効だ。

 前述の国際協力銀行の調査でも、インドへの投資を検討する企業が従来、課題に挙げてきた「法制の運用が不透明」「税制システムが複雑」との回答が減少、政府による行政改革の成果が評価されている。「インフラが未整備」との課題も、13年度には約60%の企業が挙げたが、今回の調査では32.8%まで減少した。

 新型コロナの影響で、足元では日系企業のインド進出の動きは一服している。ジェトロによる22年のインド進出日系企業調査で、06年の調査開始以降初めて、進出する日系企業数が減少に転じたほか、拠点数は3年連続の減少となった。日本企業の中には運営を現地に任せて職員を引き揚げたり、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進により事業所を統廃合する動きがあった。

 ジェトロ・ニューデリー事務所の広木拓調査担当は「コロナ禍による影響で体制の見直しを選択した企業も少なからずあった。だが、一時的な要因では」と分析する。アジア・オセアニア地域を対象に行った22年の調査では、インドでの事業を拡大すると回答した企業は7割超に達した。広木さんは「今後はまた上向く可能性が高いとみている。中国への追加投資とインドを比較した時に、有力な選択肢としてインドが挙がっているだろう」と指摘した。

インド市場の落とし穴

 ただ、インドには他の新興市場とは違う難しさがあるのも事実だ。

「中国や東南アジアへの進出を経験した企業であっても、インドはまるで性格の違う市場」──。こう指摘するのは、シャープのインド法人社長を約5年間務めた経験がある磯貝富夫さんだ。定年退職後は、インドで独立し、経営コンサルタントを務めている。

 磯貝さんが、第一に指摘するのは、インドに根付く「大国意識」だ。これを理解した上で臨まないと、事業は成功しないという。歴史をひもとけば、インドで生まれたヒンズー教の神々は、日本では七福神の中の3神となるなど周辺地域に影響を与えた。帝政ロシア、旧ソ連などとの関係が強く、第二次世界大戦後の閉鎖的な経済の中でも貧しいながら自立してきた。こうして培われた大国意識がビジネスの端々に顔を出す。

 磯貝さんによると、日系企業が犯しがちな過ちは、日本式のマネジメントを現地に押しつけること。「東南アジアでは政府も民間も、日本企業が言った通りにやってくれる。技術を移転し、雇用も作ってくれるので歓迎されるが、インドではそうならない。『自分たちは、こう考える』というのを強く主張し、プロジェクトが前に進まないことがよくある」。インドに進出する上で、インド人の気質や習慣、文化などを理解することが何より重要と訴える。表は、磯貝さんがまとめた「インドとの付き合い方10か条」だ。

 一方で、磯貝さんはこうも指摘する。「日本人とインド人は正反対に見えるが、しっかり組めば、お互いの良いところを補完し合い、強い製造業、産業が生まれるはず」。例えば柔軟な思考を持つインド、正確さや完璧を重んじる日本のものづくり文化が交われば、逆に大きな強みを発揮することにもなる。インドへ進出する企業にとって重要な教訓になりそうだ。

(安藤大介・編集部)

(加藤結花・編集部)


週刊エコノミスト2023年1月17日号掲載

インド・新興国経済 スズキやヤマハなど大増産 新興市場への生産・輸出拠点に=安藤大介/加藤結花

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