教養・歴史書評

13年間で300冊以上出版! 空前の速筆作家・梶山季之の疾走人生を活写 評者・黒木亮

『最後の無頼派作家 梶山季之』

著者 大下英治(作家)

さくら舎 2200円

 昭和30年代と40年代の文壇を華やかに席巻し、多量の飲酒で45歳にして世を去った梶山季之(としゆき)の伝記である。梶山と接点があり、同じ「トップ屋」出身の著者が書いただけあって、熱量を感じさせる。

 梶山は読者が喜ぶのが第一と心がけ、ポルノ小説を書きまくったため、世間から「性豪作家」のレッテルを貼られた。しかし、昭和37年のデビュー作『黒の試走車』は、産業スパイの存在を世に知らしめた画期的な企業小説であり、植民地時代の朝鮮が舞台の『李朝残影』や『族譜』は、薫り高い純文学作品だった。

 毎月1000枚以上の原稿を書き、自ら創刊した月刊の文壇ゴシップ誌『噂』の経営を続け、何人もの女性たちと付き合いながら、13年間で書いた作品数は300冊を優に超える。経済小説のパイオニア、城山三郎も速いペースで作品を発表していたが、全盛期でも年4作ほどで、生涯作品数は118にすぎない。

 本書には出てこないが、梶山に最も近いのが、梶山より4年遅れて『小説兜町』でデビューした経済小説の巨人、清水一行だ。生涯作品数は214で、多いときは年に10以上の新作を発表していた。超多忙のため、メモもなしで秘書に作品を口述し、秘書が書き取った原稿やゲラは一切見ずに雑誌の連載や本にして、きちんとした作品になっていたという。

 梶山と清水の筆の速さは、週刊誌のアンカーマン時代に培われたものだ。取材記者たちの書いたデータ原稿をまとめて記事を仕上げるアンカーマンは、筆力のみならず、構成力と締め切り直前に一気呵成(かせい)に文章を書き上げるスピードが要求される。

 若くして文学を志して同人誌を主宰し、結核に冒され、作家となってからは、企業小説、推理小説、アウトロー、ポルノと幅広い分野を手がけた点も、2人は共通している。違ったのは、酒の飲み方で、清水は「梶さんは、一晩でダルマ(サントリー・オールド)を1本空ける。あれじゃあ早死にする。俺はそういうことはしない」と、健康に気を付け、2010年に79年の生涯を全うした。

 2人は親交があり、清水は、梶山の愛人が経営していた銀座八丁目のバー「魔里」の常連だった。梶山同様、義理人情に篤(あつ)い清水は、梶山が亡くなってからは、常に彼女と店のことを気遣っていた。評者も時々飲みに行く店だったが、その彼女も21年1月、85歳で亡くなり、「魔里」は60年近い歴史に幕を下ろした。本書を読んで、久しぶりに時代を駆け抜けた先達を偲(しの)び、夕暮れの銀座を歩いてみたくなった。

(黒木亮・作家)


 おおした・えいじ 1944年生まれ。広島大学文学部卒業後、『週刊文春』記者を経て作家に。政財官界、芸能、犯罪等幅広い分野で旺盛に執筆中。『落ちこぼれでも成功できる ニトリの経営戦記』『西武王国の興亡』など著書多数。


週刊エコノミスト2023年1月31日号掲載

『最後の無頼派作家 梶山季之』 評者・黒木亮

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