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「ガーシー処分」の気になる点 72年前の先例と比較する 社会学的皇室ウォッチング!/67 成城大教授・森暢平

川上貫一議員の除名をめぐり衆議院議長室になだれこんだ共産党議員(1951年3月29日)=朝日新聞社提供
川上貫一議員の除名をめぐり衆議院議長室になだれこんだ共産党議員(1951年3月29日)=朝日新聞社提供

 ガーシー参院議員が除名された。当選以来、一度も登院しなかったことの責任は大きく、処分はやむを得ないだろう。ただ、手続きが拙速でなかったかどうかは気になる。比較のため、今回と同じく陳謝拒否から除名となった占領期の先例を見てみよう。1951(昭和26)年に除名された日本共産党の川上貫一衆院議員である。

 川上は戦前、大阪を中心に活動した社会運動家。敗戦後の49年、衆院大阪2区で初当選していた。除名後、議員に返り咲き、現役議員だった68年、80歳で亡くなるまで共産党で活躍した。その川上が62歳だった51年1月27日、衆議院本会議で、代表質問に立った。前年に朝鮮戦争が始まり、在日米軍基地が戦争の出撃拠点になっていると川上は指摘した。

「鳥取県の弓ケ浜半島をごらんなさい。今ではほとんど基地になってしまった〔筆者注―現・米子空港のこと〕。境の港には爆薬が山と積まれており、市民は戦争におびえておる。これは、この地域だけではありません。福岡県の板付(いたづけ)、神奈川県の厚木、千葉県の木更津、すべて飛行基地であります。〔中略〕特に、その中の青森県の三沢には原子爆弾が配置されているという噂(うわさ)がある」

「政府は、旧軍人、旧将官、旧大政翼賛会の幹部を含む戦争犯罪人を大量に追放から解除しておる。これらはすべて明らかに再軍備の準備であります。〔中略〕久留米の警察予備隊は戦車を持っておる、装甲車を持っておる。北海道(ママ)八戸、久里浜の予備隊は、対戦車砲や迫撃砲の訓練をしておる〔中略〕。これは明らかに陸軍である。これがいわゆる日本人部隊である」

 川上は「三沢には原子爆弾が配置」などと衝撃的な事実を暴露した。戦後、米軍が三沢基地を核攻撃の出撃拠点にしようとしていたことは現在では、ほぼ事実であると分かっている。しかし、当時、こうした軍事機密は誰も指摘していなかった。

 これに対する吉田茂首相の答弁は「ただいまの議論は、要するに共産主義の宣伝演説であると考えますから、一々答弁しない」のたった一言。そして、吉田与党である自由党が懲罰に動いた。1月31日、国民民主党の協力を得た自由党が川上を懲罰委員会に付する動議を提出。佐々木盛雄議員は「川上君の演説内容は、徹頭徹尾、あたかもアメリカがアジア侵略の張本人であるかのごとき謀略宣伝と、日本本土をも侵略しておるがごとき欺瞞(ぎまん)的口吻をもって終始しておる」などと懲罰動議提出の理由を述べた。

「共産主義の脅威」

 川上の演説は事実と噂を混同するなど多少の粗っぽさがある。しかし、あくまで言論の範囲にあった。当時の国内外の情勢を考えないと、なぜ懲罰の対象になったのか分かりづらい。

 1950年6月25日に開戦した朝鮮戦争は、米軍を主力とする国連軍が北朝鮮を追い落とす勢いだったが、中国人民解放軍(名目は義勇兵)の参戦で51年1月4日、中朝軍がソウルを奪い返すなど激戦が続いていた。米国を中心にした西側諸国が韓国を、中国とソ連が北朝鮮を支援していた。

 それに先立つ50年5月3日、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のマッカーサー最高司令官は共産党の非合法化を示唆する。6月6日には共産党国会議員ら24人などの公職追放・政治活動の禁止が指令された(レッドパージ)。このため、徳田球一ら共産党幹部は北京に渡り、地下での党指導を行っていたのである。

 こうした中で「共産主義の脅威」が公然と語られていた。当時、共産党内部では日本での革命実現に向けて武力路線を取るかどうか、いわゆる国際派と所感派が対立していた。その間にあって、川上の立場は微妙だったが、保守陣営にとってそんなことはどうでもいい。ともかく、国際共産主義運動をバックにした共産党が怖かったのである。

 川上に対する懲罰委員会は8回にわたって開かれた。そのうち川上は5回弁明した。議場での言論に対して懲罰を科すという行為は民主主義の根幹に関わる。だから慎重な審議が諮られた。

「法理論的にオカシイ」

 戒告、陳謝、登院停止、除名のどの処分にするのかが最大の難題であった。『朝日新聞』(1951年2月10日)には「懲罰委員会で陳謝文をつくり、これを本会議で読ませよう、読まなければそれを理由に除名する、これはナカゝの名案だ―といっていたが、一番軽い陳謝から極刑の除名にまでおとしこむのは法理論的にオカシイ、との慎重論が出てこれもダメ」とある。ガーシー除名と同じ「陳謝→拒否→除名」という案は、委員会審議のなかで、保守党のなかから生まれたが、当初は「法理論的にオカシイ」として排除されていたのである。

 結果的に、この「オカシイ」案が採用されることになった。懲罰委員会で3月9日に採決が行われ、まず陳謝を求めることが決まった。陳謝文案は以下である。「私こと、昭和26年1月27日の本会議において日本共産党を代表して行った質疑中、きわめて不穏当の言辞を用いましたことは、議院の品位を保持し、秩序を守るべき議員の職責上、顧みてまことに申訳ありません」

 革命家である川上がこれを読むわけがない。3月24日の本会議。副議長に促されて登壇した川上は「一身上の弁明もさせないで、陳謝などとはもってのほかだ。この陳謝文は議長にお返しする」と啖呵(たんか)を切った。こうして川上は再び懲罰委員会にかけられ、除名に向けての審議が始まる。

 最終決着は3月29日の本会議。投票総数310、可とする者(白票)239、否とする者(青票)71。社共両党のほか、保守中道の国民民主党の石田一松、無所属の松谷天光光、中野四郎らが反対した。現代の視点からこの処分を見たとき、議場での討論が懲罰となるのは明らかにおかしい。国際共産主義運動への過剰な反応であった。

     ◇ ◇ ◇

 ガーシー議員の行動が不適切であることは明らかであるが、陳謝の拒否から除名という先例はこの後、長く残る。賛成235票、反対1票(旧NHK党の浜田聡議員)。この判断が適切だったかどうかは、後世の歴史家が判断するであろう。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日4月2日増大号」表紙
「サンデー毎日4月2日増大号」表紙

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