米国型資本主義に絶望 禅からオタクまで分析した異色の日本文化論 評者・高橋克秀
『神経症的な美しさ アウトサイダーがみた日本』
著者 モリス・バーマン(詩人、社会批評家) 訳者 込山宏太
慶応義塾大学出版会 4180円
日本のイメージはいかに形成され海外に定着していくのか。アップルの創業者スティーブ・ジョブズが禅に傾倒していたことはよく知られている。ジョブズが自社製品デザインの細部にまで神経症的こだわりを見せたのは日本工芸の超絶技巧の影響だという説もある。このように禅や工芸など日本文化への憧憬(しょうけい)はアメリカ人が日本を理解する際のレンズの役割を果たしてきた。
しかし、実際のところ禅の精神に満ちた簡素で優美な日本という姿は幻想に過ぎない。著者のモリス・バーマンは「異国趣味とは、自己のなかに欠けている何かを、異質な、見知らぬ、あるいは離れた対象または個人のなかに見出そうとする試みである」という。
バーマンはアメリカ型資本主義に絶望と疎外を感じており、アメリカに欠けている部分を埋め合わせるモデルとして日本の伝統美を称賛する。これは否定的同一性(自らを自らでないものによって定義づけること)と呼ばれる。この意味で本書はアメリカの知識人がアメリカ人のために書いた自己回復の行為としての日本文化論である。
バーマンは禅、工芸、民藝運動、茶道、陶芸、刀剣から京都学派、ひきこもり、オタク、アニメまで幅広く論じる。その該博な知識を生かして日本社会文化論の古典である『菊と刀』(ルース・ベネディクト著)はもとより鈴木大拙、西田幾多郎、柳宗悦、丸山真男、ロバート・ベラー、三島由紀夫、加藤周一、田中康夫といったおなじみの面々の言説が手際よく整理される。ただし、日本文化を賛美するだけでなく、禅と軍国主義のむすびつきなど陰の側面にも言及を忘れていない。また文献を読み解くだけでなく、オタクの若者にインタビューし、オタク文化が日本の伝統工芸と連続していることを発見する。
バーマンは「オタクが反逆者だとすれば、彼らは非常に保守的な反逆者である。これは日本史の大きな側面であり(中略)、またその未来の一部となり得るかもしれない」とオルタナティブな生き方に共感を示している。
海外の知識人が日本の伝統美術や工芸を日本社会の解釈に援用する文化決定論には異論もあるだろう。しかし、その方法の当否はさておき、本書は現代までの日本精神史をバランスよく整理した21世紀版『菊と刀』といえよう。このように日本らしさは海外の識者によって指摘され、それを強く意識した日本社会によって拡大再生産されていく。
(高橋克秀・国学院大学教授)
Morris Berman 詩人、小説家、エッセイスト、社会批評家、文化史家として数多くの著作、論文を発表。邦訳のある著書として『デカルトからベイトソンへ 世界の再魔術化』がある。
週刊エコノミスト2023年3月21日号掲載
『神経症的な美しさ アウトサイダーがみた日本』 評者・高橋克秀