教養・歴史書評

国際社会で自ら考え、行動するには? 小和田恆氏に学ぶ師弟対話の書 評者・平山賢一

『「学ぶこと」と「思うこと」 学び舎の小和田恆先生』

編者 山本吉宣(東京大学名誉教授)ほか4人

信山社 3960円

 本書は、小和田恆(おわだひさし)元外務事務次官が本務に励みながら研究し、育んだ教え子たちによる「師弟対話の書」である。これだけ多くの人財を各界に輩出してきた実績は、国際法学者や国際裁判官としての業績にも劣らないといえよう。年輪を重ねるに従い、お互いの絆が深まっていく述懐の数々、決められた正解を単純に求めるのではなく、師匠と弟子のお互いの全人格を通した「なぜ?」を巡る対話の逸話がつづられている。

 現在、企業の人事採用の現場では、「社会で役に立つスキル」があるか否かが問われる傾向があると聞く。確かに、時代の流れの中で、人工知能(AI)の開発やデータサイエンス分野で広く使われているプログラミング言語などの習得は必須かもしれない。しかし、ハウツーを知るだけでは、何が課題なのかが見えてこない。解決すべきものは何か、どのような視点や発想でアプローチしていくかが、閉塞(へいそく)感の深まる現代には問われているのではないだろうか?

 インタビューの中で小和田氏は、「自分で考えて、そして変えてゆくことに対して自分で責任を持つような変え方をしていかないと、日本社会は良くならないでしょう」とした上で、だからこそ教育が大切と強調する。読者は、本書を通して、近年はやりのデジタル人材育成とは一線を画す「教養主義」による育みの奥深さを感じ、一対一の人格陶冶(とうや)の重要性を再確認するであろう。

 本書は、このような「学ぶこと」のみならず、混迷する国際社会問題を解決する上で参考になる「思うこと」についても示されている。ロシアによるウクライナ侵攻、米中対立などが深刻化する中で、絡み合う国際関係の複雑な糸をどのように解きほぐしていったらよいのだろうか?そのヒントになるキーワードは、随所に顔を出す“globalization”という言葉の中にある。「“globalization”とは、実は統計的、数字的な経済の問題ではなくて、もっと本質的な文化、社会といった人間の問題が含まれ」るとした上で、以前は外交官などの専門家が担ってきた国際関係の課題解決も、「今は国民一人一人がそのような役割を果たさなければ、本当の意味での“globalization”は出来ない」との言葉は重い。

 現在ほどグローバル社会を構成する一人一人が文化、歴史、感情、宗教といった「心の壁」を乗り越えて、自ら考えて行動していく姿勢が求められる時代はないとの思いが伝わってくる。遠いようで最も着実な国際関係改善の道は、読者それぞれの歩みに他ならないのかもしれない。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)


 編者は上記の山本吉宣氏のほか、上川陽子(自由民主党幹事長代理)、田中明彦(国際協力機構理事長)、金城亜紀(学習院女子大学教授)、赤松秀一(在上海日本国総領事・大使)の各氏。


週刊エコノミスト2023年3月21日号掲載

『「学ぶこと」と「思うこと」 学び舎の小和田恆先生』 評者・平山賢一

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