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教養・歴史 書評

企業にも製品にも言及して抽象論に落ちないコンパクトな教科書 評者・井堀利宏

『現実からまなぶ 国際経済学』

著者 伊藤萬里(青山学院大学教授) 田中鮎夢(青山学院大学准教授)

有斐閣 2420円

 標準的な国際経済学のテキストである本書は、「現実からまなぶ」という副題にあるように、現実の国際経済現象を意識しながら、国際経済学の理論をわかりやすく説明している。具体的な企業名や製品名に数多く言及することで、抽象的な経済理論と現実の国際経済とのギャップを感じさせない書きぶりになっており、学生のみならず、広く一般読者にも有益である。

 リカードの比較優位論、ヘクシャー=オリーン・モデルの生産要素論に代表される貿易論から、規模の経済性を重視する新貿易論、個別企業の生産性の相違に着目する新・新貿易論まで、国際貿易理論の発展を直感的に説明しており、経済学や数学の素養がそれほどなくても理解できるだろう。また、現実の事例を参照する形でグローバル化と保護主義や格差など幅広い問題を説明しており、コンパクトな分量でありながら、情報量は多い。

 米中が政治的に対立している背景に、米中間での競合的分業の結果、米国内での格差拡大がある。一方で、日本は中国から中間財の輸入が多いため、日中間で製造業の国際生産分業が成り立っており、深刻な競合・対立が抑えられている。その結果、日本では中国からの輸入増加が政治的問題になっていないという指摘は興味深い。

 我が国は、多くの農産物やエネルギーを輸入せざるをえないが、安全保障上のリスクを心配する国民も多い。さらに、環境問題を重視する人は、地産地消で自給自足の生活が望ましいと考える。しかし、閉鎖経済に閉じこもると、短期的には安心安全かもしれないが、その経済的コストは大きく、国民の経済厚生も低下するだろう。

 近い将来、日本のGDP(国内総生産)がドイツやインドに抜かれて世界で5番目以下になるという予想もあり、日本経済は国際経済の動向にますます振り回される。好むと好まざるとにかかわらず貿易やグローバル化の影響はこれからも無視できないから、本書のような筋の通った議論は貴重である。

 なお、本書で実証分析の新しいツールとして重力方程式を紹介しているのはユニークである。ただし、対外投資の動向やインフレに為替レートが重要な要因であることを考えると、国際金融を全面的に議論するのは本書の守備範囲外であるとしても、円安・円高の影響について何らかの言及があれば、より現実的に身近な国際経済のテキストになったと思われる。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 いとう・ばんり 慶応義塾大学大学院経済学研究科後期博士課程修了。経済学博士。著書に『グローバル・イノベーション』(共著)など。

 たなか・あゆむ 京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。経済学博士。


週刊エコノミスト2023年4月11・18日号掲載

『現実からまなぶ 国際経済学』 評者・井堀利宏

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