育成→分社化→独立 日本独自の起業方式を分析 評者・加護野忠男
『スピンオフの経営学 子が親を超える新規事業はいかに生まれたか』
著者 吉村典久(関西学院大学専門職大学院教授)
ミネルヴァ書房 3850円
米国では起業家がベンチャー企業を創設し、ベンチャーキャピタリストがその企業に出資するという仕組みの下で起業が支援されてきた。
日本にもその育成方式が導入されているが、それとは別に日本社会には独特の起業支援システムが存在していた。著者は、この日本独自の支援システムを「スピンオフ型」と呼んでいる。スピンオフ型起業支援とは、既存大企業の中で起業プロジェクトを開始し、それがある程度育った段階で分社化し、その後さらに成長すれば上場させ、持ち株比率を下げて、独立企業として成長させる方式である。
スピンオフ型が起業の仕組みとして優れているのは、既存企業の内部に蓄積された技術やノウハウ、信用などを使うことができるという利点があるだけでなく、社外にスピンオフさせることによって、社内のルールや慣行に縛られずに事業づくりができるという利点も持っているからだ。本書はこのスピンオフ型の起業支援の成功例についての詳しいケース研究である。それだけではなく、日本の産業界全体について展望し、スピンオフ型起業が産業構造の転換に果たした重要な役割についても明らかにされている。
本書では、トヨタ自動車、日立製作所、富士フイルム、積水化学工業、積水ハウスなどスピンオフ型起業の成功例が詳しく紹介され、その過程で重要な役割を演じた起業家の事績が取り上げられている。また仕組みだけでなく、起業家個人の活動についても詳しく紹介されているのが本書の特徴といえる。本書を読むと、スピンオフ型企業育成の個別の事例を通して日本産業全体の変遷、構造転換をよりよく理解することができる。
従来、日本の株式市場の管理当局は、スピンオフ型企業の上場に対して冷淡であったといわれてきた。親会社と子会社の間での利益操作が起こりやすいからだろう。ゆうちょ銀行の上場の際にこの姿勢は少し変わったと伝えられているが、それでもまだ、企業育成の方法としてスピンオフ型企業育成を積極的に評価するところまではいっていない。本書が市場関係者に読まれることによって、スピオフ型の企業育成についての積極的な評価が強まることを祈っている。
もちろん、市場関係者だけではなく、大企業の中で新規事業の構築に取り組んでいる部署の方々にも読んでいただきたい書物である。起業支援のための経営のヒントが得られるであろう。
(加護野忠男・神戸大学特命教授)
よしむら・のりひさ 1968年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。和歌山大学、大阪市立大学(現大阪公立大学)教授を経て現職。著書に『会社を支配するのは誰か』などがある。
週刊エコノミスト2023年6月13日号掲載
『スピンオフの経営学 子が親を超える新規事業はいかに生まれたか』 評者・加護野忠男