教養・歴史書評

組織の働き方改革に活路 再設計のための四つのステップ 評者・樋口美雄

『リデザイン・ワーク 新しい働き方』

著者 リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネス・スクール経営学教授) 訳者 池村千秋

東洋経済新報社 2090円

 本書の著者は2016年、『ライフ・シフト』を記し、リカレント教育(社会人になっても必要に応じて受ける教育)の重要性を説くなど、わが国のその後の政策に大きな影響を与えた。「人生100年時代」には産業構造も技術も知識も価値観も大きく変わる。こうした時代には、仕事や働き方、学び方も生涯を通じてシフトさせる必要がある。前書は個人の立場から生き方転換の戦略について説いている。

 これに比べ本書は企業のリーダーを対象に、組織における真の「新しい働き方」の必要性を説く。デジタル技術が発展する中、会議や通勤時間など無駄な時間、社員のやる気のなさ、閉塞(へいそく)感、生産性の低さに甘んじてきた。ところがコロナによって企業は改めてこうした課題を突きつけられ、他方でリモートワークなど時間・空間の自由を容認せざるを得ない状況を経験した。だが自由さえ認めれば、問題は解決されるわけではない。リモートの実施によって、社員間で情報は共有されず、他部門・他社との「弱い紐帯(ちゅうたい)」の人的ネットワークは壊され、仕事への集中力は失われた。弊害の解消には、意図的に暗黙知の伝播(でんぱ)に工夫を凝らす必要がある。ビデオ会議システムやバーチャル・プラットフォームなど新技術により代替できるのか。リモートワークは人間的な豊かさを求めてこそ、成果を上げられると著者は説く。

 組織の特徴や仕事の本質、他社との関連性を熟視してはじめて、自社に適した「新しい働き方」は再設計できる。このために次の四つのステップを踏む必要がある。①社内の人的ネットワークと職種について理解する、②仕事のあり方を新たに構想する、③新しいデザインのアイデアについてモデルをつくり検証する、④モデルに基づき行動し新しい働き方を創造する。ステップごとに世界の好事例が紹介され、詳細な説明が加えられる。重要なポイントが箇条書きにされ、項目間の関係が概念図を用いてわかりやすく説明される。

 やっとわが国でもパンデミックが落ち着きを見せ、企業はテレワークを今後も続けるのか、選択を迫られている。アンケート調査によると、リモートワークを実施した約半数の企業がもとの働き方に戻すと回答している。その多くは、リモートワークでは生産性が維持できないという。だが、はたして企業は他をいじらないままそうした判断を下しているのではないか。企業は本書を参考にして、「新しい働き方」を模索すべきではないか。どのような改革にもコストは伴うものである。

(樋口美雄・慶応義塾大学名誉教授)


 Lynda Gratton 権威ある経営思想家ランキング「Thinkers50」でトップ15にランクインし、安倍晋三元首相から「人生100年時代構想会議」メンバーに選出された。『ワーク・シフト』などの著書がある。


週刊エコノミスト2023年6月13日号掲載

『リデザイン・ワーク 新しい働き方』 評者・樋口美雄

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