歴史小説家デイヴィッド・グランがヒット連発 冷泉彰彦
歴史小説作家、デイヴィッド・グランといえば、2017年に発刊された『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』(日本版は倉田真木訳、早川書房)が世界的ベストセラーとなり、人気作家の仲間入りをしている。アメリカ西部の原住民、オセージ族は虐殺に耐えて生き残り、居住区で石油の発掘に成功する。だが、その石油利権を狙った勢力により陰湿な攻撃を受ける。さらに、この人種差別的な陰謀と戦う中で、生まれたのが現在のFBIであり、初代長官のエドガー・フーヴァーもこの事件に絡んでくる。このようなストーリーを持つ本書は、各方面から絶賛された。
本作に惚(ほ)れ込んだのが、マーチン・スコセッシとレオナルド・デカプリオのコンビである。2人は本作の映画化権を獲得、スコセッシが監督し、デカプリオに加え、ロバート・デ・ニーロも出演して製作が進められ、2023年10月に公開予定となっている。これに併せて原作の販売も好調となっており、再びベストセラーのランキング入りしている。
これと同時に、グランの次作も発売された。『ワガー号 難破、暴動と殺人の物語(“The Wager: A Tale of Shipwreck, Mutiny and Murder”)』と題して、今回は舞台を南米に移し英国海軍の艦船を巡るドラマを活写している。こちらも同時にベストセラーとなっている。ワガー号は現在のチリ南部で座礁し難破するが、直後に艦内で二つのグループが対立を始め、暴力沙汰となる。同じ艦艇の乗組員同士が殺し合う惨劇の背景には、士官クラスと水兵クラスの間の深刻な階級対立があったというのである。
グランの作風は、歴史上の事件に題材を得つつ、推理小説的な視点、つまり殺人と犯人の動機の解明を組み込んでいく。場合によっては、殺人の物証の検討などミステリーそのものの手法も扱っていく。その上で、事件の背景にある人種差別や階級間の対立といった重たい社会問題に向き合っていくのである。今回の2作が同時にヒットしているということは、こうした作風が多くの読者を魅了しているということだ。スコセッシとデカプリオは、この『ワガー号』の映画化権も手に入れており、こちらの映画化も楽しみである。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2023年6月27日・7月4日合併号掲載
書評 海外出版事情 アメリカ 歴史作家D・グラン、ヒット連発の秘密=冷泉彰彦