国際・政治東奔政走

G7の「甘いボール」で関係改善へ 日中の対話活性化目指す岸田政権 及川正也

G7広島サミットでの各国との調整は結構つらかった?(岸田文雄首相=中央、5月21日) Bloomberg
G7広島サミットでの各国との調整は結構つらかった?(岸田文雄首相=中央、5月21日) Bloomberg

「世界中が難しい時期に、総理はなかなかよくおやりになったなあと思っている。見事にG7(主要7カ国)をおまとめになり、サミット(首脳会議)を開かれた」

 広島サミット閉幕から2週間余りたった6月7日。東京都内のホテルで開かれた自民党谷垣グループ(有隣会)のパーティーで特別顧問の谷垣禎一・元自民党総裁は会場に駆けつけた岸田文雄首相を労(ねぎら)い、ウクライナ戦争後の国際秩序構築に向け「総理が手腕を発揮し、我々の道を切り開いていただきたい」と述べた。

 岸田首相が会長を務める自民党政策集団・宏池会は、野党と連携して森喜朗内閣の倒閣運動に動いた当時の会長・加藤紘一元幹事長らによる2000年の「加藤の乱」をきっかけに分裂。谷垣氏は加藤氏らと行動を共にし、05年に谷垣派を立ち上げた。その後、離合集散を繰り返すが、もともとの政策の根っこは同じだ。

 国家の立場よりも国民の目線に重きを置き、経済立国を基本路線としてきた。外交では、安定した国際秩序を維持するために協調主義を旨としてきた。谷垣氏のエールは、同じ価値観を共有するとはいえ、国益が複雑に絡み合う主要国の利害を調和させようと腐心した岸田首相の心に、過去の経緯を超えて、響いたに違いない。

「結構つらかった」。岸田首相は6月6日夜、東京都内のホテルの日本料理店で会食した日枝久フジサンケイグループ代表に、G7広島サミットでの共同文書の取りまとめや原爆資料館訪問をめぐる各国との調整に苦労したことを明かしたという。確かに今回のサミットは土壇場までおおわらわだった。

欧州の要求のんだ米国

 バイデン米大統領のアジア外遊日程の短縮で日本での多国間会合が増えたうえ、ウクライナのゼレンスキー大統領の電撃来日で日程がガラガラと変わった。外国首脳の宿泊や送迎の手配、会談場所の設定など裏方を担う「ロジ担(後方支援担当)」の一人は嘆いた。

「両手で精いっぱいの皿回しをしているところに、皿がどんどん増え、しかもそれがどんどん重たくなっていった。なんとか皿を割らずに済んだが、あんなしんどいロジをやったのは初めてだ」

 バイデン大統領が離日後に予定していたオーストラリア訪問を米国内の債務上限問題に対処するため直前にキャンセルし、日米豪印の首脳会談を前倒しして日本で開催。一方、サミット中に予定されていた日米韓首脳会談はわずか数分に短縮された。ゼレンスキー大統領の来日は警備面での調整に大きな負担が生じたという。

 首脳声明の調整で焦点になったのは中国の書きぶりだった。サミット関係者は明かす。「欧州は米国が電気自動車(EV)で自国メーカーを優遇していることに反発し、これをなだめるために米国は中国との経済関係を『デカップリング(切り離し)』ではなく欧州が主張する『デリスキング(リスク低減)』とすることを受け入れた」

 中国との貿易関係が強い欧州は、経済的競争関係を強調する米国とは立場を異にする。中国との経済関係を維持・強化する一方、先端技術や医療分野で中国以外にもサプライチェーン(供給網)を見いだすことは自国の危機管理にもつながる。米国が欧州の要求をのみ、欧州が矛を収めた、と外務省関係者は説明する。

 G7として中国に「甘いボール」を投げたことで、政府内にも日中関係改善の機運が高まることへの期待感が出ている。とくに財界には待望論がある。

国貿促が「大派遣団」

 日中国交正常化後、日中貿易の政財界の窓口となってきた日本国際貿易促進協会(国貿促、会長・河野洋平元衆院議長)が7月3~6日、訪中団を派遣する。新型コロナウイルス感染症拡大で途絶えていた経済交流の再開となるもので、経団連や関西経済連合会の所属企業や沖縄県などの自治体も参加する大派遣団となる見通しだ。

 ただし、ハードルもある。中国は、米国が先端半導体技術・製品などの対中輸出規制に加え、ベンチャーキャピタルによる対中技術投資や、米国企業による半導体やバッテリーの中国での供給網拡大を規制する姿勢を示していることに警戒感を募らせている。米国が追従圧力をかけた場合、日本がどう対応するかも注視している。

「6月下旬に向けて仕込んでいきたい」。ある外交関係者はこう意気込む。首相周辺では、日中間の経済関係を再起動させたうえで、政府間の対話活性化につなげる戦略を描いているようだ。今年8月12日には日中平和友好条約締結から45年を迎える。これに合わせた日中首脳会談の開催を模索していると見られる。

「サミット効果」による内閣支持率の上昇で、6月21日の国会会期末を見据え、「衆院解散風」が吹いている。党執行部には早期解散論もあるが、首相周辺の一人は「岸田首相は急いでいない。長期政権につなげるために、来年秋の総裁選から逆算して一番いいタイミングを選ぶ」。外交成果もその重要な要素となろう。

 首相にエールを送った谷垣氏は近くグループを派閥に「昇格」させて団結を強化する意向だ。応援団を増やし、外交をバネに政局に波乱を巻き起こすか。首相の勝負どころだ。

(及川正也・毎日新聞専門編集委員)


週刊エコノミスト2023年6月27日・7月4日合併号掲載

東奔政走 G7の「甘いボール」で関係改善へ 日中の対話活性化目指す岸田政権=及川正也

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