M&Aで物流事業をさらに深化――曽我貴也・日本郵船社長
日本郵船社長 曽我貴也
そが・たかや
1959年生まれ、北海道出身。東京都立文京高校卒業。一橋大学商学部卒業後、84年日本郵船入社。シンガポールやロンドンなどの駐在を経て、自動車物流グループ長、常務経営委員、専務執行役員などを歴任。2023年4月から現職。63歳。
Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)
── 2023年3月期の連結決算では当期純利益が1兆円を超え、過去最高を更新しました。新型コロナウイルス下では「海運バブル」が起きたとも指摘されます。どのように総括していますか。
曽我 新型コロナの拡大当初は経済活動が停滞し、輸送する荷物が減るとみられていましたが、「巣ごもり需要」で逆に荷物が増え、その結果、物流を担うコンテナ船が不足する事態が起こりました。日本の貿易における海上輸送の割合は99.5%を占めます。コンテナ船の需給バランスが完全に崩れ、運賃がこれまで見たことのないようなレベルまで上昇しました。
── コロナ下のコンテナ輸送継続は困難もあったのでは?
曽我 コンテナ船は閉鎖された環境で、乗組員が感染しないように対策を尽くしました。乗組員には無理を言って、(上陸せずに)乗船期間を延長してもらうなどの措置もとりました。私たちの使命は「船を止めない」「物流を止めない」ことです。感染症で外出できなくても、ちゃんと荷物が届くよう努めました。今回の収益は「空から降ってきたもの」では決してありません。一方で運賃上昇という追い風に、うまく乗れる基盤を作っていたことも功を奏しました。
コンテナ統合が奏功
── 基盤とは?
曽我 当社と商船三井、川崎汽船の定期コンテナ船事業を統合した「オーシャン ネットワーク エクスプレス(ONE)」が、18年に営業を開始しました。祖業の定期船事業は大きな赤字を計上していました。統合はこれまでの発想にありませんでしたが、大英断を下して3社のコンテナ船事業をスピンアウト(分離独立)させ、オールジャパンの大きなコンテナ船を作りました。5年間で、競争力と効率性の強化に努めてきたからこそ、コロナ下での大きな利益につながったと考えています。
── 23~26年度の中期経営計画では「両利きの経営」を明記しました。
曽我 コンテナ船や物流、エネルギー事業といった既存の事業をさらに深化し、稼いだお金を成長事業や新規投資に振り向けます。エネルギー事業の中でも、特に重要視しているのは液化天然ガス(LNG)と液化石油ガス(LPG)の輸送事業です。LNGは化石燃料の一つですが、脱炭素化までの過渡期的な燃料として大変な需要があります。
これらの輸送ビジネスは極めて長期の契約で、需要が増える限り安定的な収益を見込めます。自動車船も、もっと突っ込んでいく方針です。ガソリン車から電気自動車(EV)に変わったり、生産国が移ったりする変化はありますが、自動車を輸送して最終的な購入者へ届けるという需要はまったく減らないと考えています。
── 中計では「海運を起点に、その枠を超える」としています。
曽我 世界人口の増加に伴って物流需要は今後も成長を続け、多様化します。海・陸・空を組み合わせて最適な物流サービスを提供する当社の物流事業も、大きな成長産業の一つと考えています。コンテナ船事業は黒字になったり赤字になったりとボラティリティー(変動性)が大きい特徴がありますが、物流事業は比較的小さく、コントロールしやすい面があります。物流事業を拡大し、コンテナ事業と合わせて全体のボラティリティーを小さくする方針です。
アンモニア船就航へ
── 環境対策の取り組みは?
曽我 グループ全体で年1300万トンの温室効果ガスを排出しており、対策は急務になっています。排出ゼロを目指すゼロエミッションまでの代替燃料を考えた場合、製造しやすさではアンモニアが一番有望ではないかとみています。24年には、アンモニアだけを輸送するタグボートを出航する実証実験を開始します。26年にはアンモニアを燃料に、アンモニアだけを運ぶ船を就航します。
── 企業の合併・買収(M&A)にはどう取り組みますか。
曽我 私たちの物流事業は子会社「郵船ロジスティクス」が担っています。技術的にかなりのレベルに達していますが、グローバルな視点では足りない部分もあります。地域的には北米などが該当します。こうした「ミッシングパーツ」をカバーするには、会社を一から作ったり社員を一から教育したりするより、すでにある会社に仲間に入ってもらい、弱点を補う方法が近道です。中計期間中にM&Aに1400億円投資し、物流事業をさらに深化させる方針です。
── 株主還元策の方針は?
曽我 配当性向についてはこれまで25%としてきましたが、中計期間中は30%へ引き上げます。万一、下がった時でも、1株当たりの配当金額の下限を100円に引き上げます。23、24年度で2000億円程度の自社株買いを実施するなど、株主還元に努めていきます。
(構成=中西拓司・編集部)
横顔
Q 30代の頃はどんなビジネスパーソンでしたか
A 「昭和なビジネスパーソン」でした。お客さんと酒を飲み、夢を語り合っていました。すごい「ワクワク感」を持って仕事をしていました。
Q 仕事でのピンチは
A 十数年前、タイで物流会社の社長を務めていた時に、タクシン派と政府軍が銃撃戦を繰り広げる中、「トラックを回せ」と求める大口の顧客に対し、従業員の安全を第一に考えて、取引を失う覚悟で「NO」と言って断ったのは、今ではいい思い出です。
Q 「好きな本」は
A 元首相・外相の広田弘毅の生涯を描いた、城山三郎の小説『落日燃ゆ』です。
事業内容:ライナー&ロジスティクス事業(定期船、航空運送、物流)、不定期船事業、不動産事業など
本社所在地:東京都千代田区
設立:1885年
資本金:約1443億円
従業員数:3万5502人(2023年3月末)
業績(23年3月期・連結)
売上高:2兆6160億円
営業利益:2963億円
週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載
編集長インタビュー 曽我貴也 日本郵船社長