経済・企業2023年の経営者

一発逆転狙わず、信頼を取り戻す――内川哲茂・帝人社長

Photo 武市公孝:東京都千代田区の帝人東京本社で
Photo 武市公孝:東京都千代田区の帝人東京本社で

帝人社長 内川哲茂

うちかわ・あきもと
 1966年滋賀県出身。私立比叡山高校、信州大学繊維学部卒業。90年同大学院素材開発化学科(繊維工業化学専攻)修士課程修了、同年帝人入社。2017年執行役員。20年複合成形材料事業本部長。21年常務執行役員、マテリアル事業統轄。22年4月から現職。

 Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)

>>連載「2023年の経営者」はこちら

── 昨年4月に社長執行役員CEO(最高経営責任者)に就任し、1年あまりが経過しました。この間の評価はいかがですか。

内川 就任時は3年ごとに策定する中期経営計画の最終年度でした。次の3年間を皆で描いて出そうと思っていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大に続き、昨年はウクライナ問題もありました。当社は欧州に生産拠点があり、外部環境にも大きな影響を受けました。落ち着いて過去3年間をレビューしようという状況にならない、あっという間の1年でした。

── 2023年3月期決算は最終赤字という結果です。

内川 当社の長い歴史の中でも相当悪い結果でした。ただ、数字だけを見て、下を向いてしまうと、いろいろなものが見えなくなります。中身をよく見れば、うまくいっているもの、思ったことと違う結果が出てしまったものとあります。きちんと評価し、改善につなげなくてはという気持ちです。

── 具体的に、どの分野が厳しかったのですか。

内川 自動車向けの複合成形材料事業やアラミド繊維事業は、これまで拡大のための投資を進めてきました。収益に結びつかなかったのは誤算で、速やかに改善しなくてはいけないと思っています。ヘルスケア事業では、高尿酸血症(痛風)の薬「フェブリク」が22年に特許が切れ、後発薬が出てくることが分かっていましたが、その準備が整っていませんでした。

自動化技術で効率向上

── 車の複合成形材料事業については事業売却の可能性についても言及し、130項目の改善策を策定しましたね。

内川 私たちは改善できると思っているし、その自信もあります。ですが、思い描いた前提が変わり、やろうとしたことができなければ、抜本的な改善をする必要は、どの会社、事業でもあることです。結果が思わしくなければ撤退や売却も辞さずという覚悟で早急に改善をしないといけないと思っています。当社はオペレーションに強みのある会社なので、そこをまず改善しないといけない。設備の面でいえば、労働集約的な仕事だったものを、当社の得意な自動化技術で効率を上げようとしていました。これをスピードアップして進めていきます。

── アラミド繊維事業ではオランダの工場で火災がありました。ウクライナ問題で原料の天然ガス価格が高騰したのも誤算でした。

内川 火災があったのは繊維の原料を作る工場です。復旧は3月中に終わり、順次立ち上げを進めています。製品は別の工場で作っており、第1四半期(4〜6月)中にはフル生産して顧客に販売できるとみています。

 オランダは元々、天然ガスを安く調達できる地域でした。そこに一極集中することでコスト競争力もありました。ウクライナの問題が起き、ガス価格は高騰し、大変な思いをしましたが、だからといって無にしてしまってはもったいない。事業のレジリエンス(強じん性)を上げるため、一極集中をどの程度緩和するかなどを検討していきたいと考えています。

── ヘルスケア事業の収益性改善はどう進めますか。

内川 力を分散させないために、焦点を絞っていかないといけません。当社は在宅医療機器事業で国内トップシェアです。病院だけでなく、患者や地域社会を支援するサービスをやれるのはうちしかありません。そういうサービスや基盤がないと対応できないような希少疾患・難病向けの医薬品、医療機器に事業領域を絞ることにしました。利益を上げるため、戦う領域を絞り込んだということです。

── このほか、航空機向けの炭素繊維中間材料事業も新型コロナの影響を受けましたね。

内川 当初考えていたより、航空機向けの販売は堅調に回復しています。一方、航空機メーカーはコロナの影響で、新型機の発売時期を5〜7年後ろ倒ししたのですが、これに合わせて計画していた製品の供給が遅れるのは残念です。北米で設立した工場もフル稼働になっているので、その他の用途のものを販売しながら、時期が来るのを待っています。

── 24年3月期の業績は最終黒字を見込んでいます。

内川 生産能力を増強する投資をすでに行っていますし、特にアラミド繊維は需要が旺盛で、顧客に納入を待ってもらっている状態です。きちんとモノを作りさえすれば、数字もついてくるはずです。

 本来なら、今年は新中期経営計画を発表し、明るい未来を示すタイミングだったのですが、まず失った信頼を取り戻そうと、1年分の収益改善計画として発表しました。状況が悪い時には一発逆転を考えがちですが、当社の良さはオペレーションをきちんとやり、顧客に信頼される商品やサービスを届けることです。1年遅れても、約束したことについて結果を出していきたいと考えています。

(構成=安藤大介・編集部)

横顔

Q これまで仕事でピンチだったことは

A 2017年からポリエステル繊維事業の国内工場を閉じ、海外に生産移管する構造改革を担当した時。生産現場の経験が全くなく、最初の数カ月は寝ないで勉強しました。

Q 「好きな本」は

A 『ネットポジティブ』(ポール・ポルマン著)です。会社が世の中のためになっているかを問うてくる本。マイナスをゼロにするだけでは駄目で、良くしないといけないというところ

に勇気づけられます。

Q 休日の過ごし方

A 読書や散歩です。散歩の途中で、地域独自のデザインが施されたマンホールの写真を撮るのが楽しみです。


事業内容:複合成形材料、炭素繊維、アラミド、樹脂、繊維・製品、ヘルスケア、コーポレート新事業、ITなど

本社所在地:大阪市北区

創業:1918年

資本金:718億円

従業員数:2万2484人(2023年3月末、連結)

業績(23年3月期、連結)

 売上高:1兆187億円

 営業利益:128億円


週刊エコノミスト2023年7月18・25日合併号掲載

編集長インタビュー 内川哲茂 帝人社長

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