財政乗数の解説・分析をはじめ、高齢社会・日本の財政を詳細に考察 評者・原田泰
『日本の財政政策効果 高齢化・労働市場・ジェンダー平等』
著者 宮本弘曉(東京都立大学教授)
日経BP 3960円
高齢化が進む日本では、社会保障費の増加が見込まれ、国債費はさらに増加、教育や公共投資などに政策資金を回すことが困難になる。これは将来世代にとって大きなマイナスと著者はいう。
と同時に、国が借金をすること自体は必ずしも悪くないと述べる。インフラ整備や教育投資など、将来の国家発展につながる借金は必要でもある。また不況期に経済を支えるための財政出動をすることは財政政策の基本、ともいう。だからこそ、支出内容の見直しが不可欠であり、そのためにも財政政策の効果を深く認識することが必要と指摘する。
政府支出を「1」増加させたとき、GDP(国内総生産)がどれだけ拡大するかを見る財政乗数という値が、条件で異なることを導き出している。財政乗数は、景気後退期ほど、政府債務残高が低いほど、そして金融緩和の度合いが高く、労働市場が流動的で、高齢化率が低いほど、一般に大きいとしている。これらの条件が満たされたとき、財政乗数は「1」よりかなり大きいが、そうでないときはほとんどゼロとなる。
日本にとって特に重要なのは、高齢化している国ほど財政乗数が小さいという指摘だろう。これは高齢経済では、労働者の割合が低下、雇用の増大が消費支出の拡大をもたらす度合いが低くなるからだという。
著者は、このことから、高齢経済では、大規模な財政出動の発動余地を高めておくことが必要と主張する。高齢国家では、景気後退時に総需要を支えるためには、より大規模な財政出動が求められる可能性がある。しかし、それは債務の持続可能性への懸念を生み出すことになる。だから、景気拡大期に財政再建を進め、財政拡大余地を作っておくべきだというのである。
政府の効率性を示す指標の高い国では、公共投資は公的債務を増やすことなく、生産や民間投資にプラスの影響を与えているという。また、不況時における財政出動は、総需要を下支えするだけでなく、雇用のジェンダー格差を縮小するともいう。
これまでの財政政策とは、政府が支出を拡大するか減税をすることだった。これが民間支出を刺激してGDPを拡大するかどうかを見ていた。しかし、最近では、政府が直接雇用を維持する政策が行われるようになった。この課題に、本書は最先端の方法で挑戦する。日本の雇用調整助成金を見ても、この分析は重要だが、まだ多くの課題も残っている。
本書は、これらの課題に学術的な方法で、果敢に挑戦したものである。
(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)
みやもと・ひろあき 1977年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、東京大学公共政策大学院特任准教授、国際通貨基金(IMF)エコノミストなどを経て現職。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済論。
週刊エコノミスト2023年10月10・17日合併号掲載
『日本の財政政策効果 高齢化・労働市場・ジェンダー平等』 評者・原田泰
週刊エコノミスト2023年10月10・17日合併号掲載
『日本の財政政策効果 高齢化・労働市場・ジェンダー平等』 評者・原田泰