教養・歴史書評

企業倫理とは?企業の社会的責任とは? 多数の知性による論文集 評者・加護野忠男

『責任という倫理 不安の時代に問う』

編著者 國部克彦(神戸大学大学院教授)/後藤玲子(帝京大学教授)

ミネルヴァ書房 4180円

 法哲学、経済学、経営学、会計学など人文社会科学のさまざまな分野の著者たちが、企業倫理や企業の社会的責任を考えるための基本問題について論じた論文集である。「はしがき」で國部克彦氏は書いている。「すべての生命は生きることに不安を抱えている。(中略)人類は、このような不安に集団で対処することで、巨大な文明を発展させてきた。しかし今や、巨大な文明そのものが、人間に新たな不安を生じさせている」

 そしてこうも書くのである。「現代社会で共有されている多くの倫理は、文明社会を維持発展させる方向で作用してきたため、文明社会が生み出す不安に対してはうまく機能しない場合が少なくない。

 したがって、私たちは現代的な不安に対処するために、新しい倫理を生み出さなければならない」。この新しい倫理を生み出すために私たちは何をなすべきか。本書の中でも、具体的な解答を与えているのは、第5章と第7章である。

 第5章「責任の基盤としての自制──アダム・スミスと『公平な観察者』」では、ビジネスマンが個人としてなすべきことが示されている。アダム・スミスの言う「公平な観察者」としての視点を自らの内部に持つことについてである。

 第7章「企業の社会的責任の展開──レスポンシビリティを組み込むために」では、経営者としての行為指針が示されている。この章では、機能的な責任という限定された責任の意味を持つ「アカウンタビリティ」という概念を中心に組み立てられている企業組織に対して、他者への呼びかけに応えるという意味での「レスポンシビリティ」の責任を取り入れる必要が指摘されている。

 このほか、「費用便益分析」の概念や契約主義について論じた第2章や、そもそも責任という倫理が成立するための条件について論じた終章なども非常に読みごたえがある。各章は、取り上げられている問題の本質にまでさかのぼって議論されているために、ビジネスマンには難解な印象を与えるかもしれない。だから、読者自身が理解したい問題を考えるための出発点はどこかという視点から読む部分を探すと理解しやすく、腑(ふ)に落ちるところも多いだろう。

 多くのビジネスマンや経営者に読んでほしい書物である。本書を読んで、日本政府や日本企業は地球温暖化への対応になぜ後れを取ってしまったのか、今後その失敗を繰り返さないために、個人として、組織人としてどう行動すべきかを考える指針にしていただきたい。

(加護野忠男・神戸大学特命教授)


 こくぶ・かつひこ 1962年生まれ。神戸大学で副学長、バリュースクール長などを経て、現職。

 ごとう・れいこ 1958年生まれ。立命館大学大学院教授、一橋大学経済研究所教授などを経て、現職


週刊エコノミスト2023年10月10・17日合併号掲載

『責任という倫理 不安の時代に問う』 評者・加護野忠男

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