週刊エコノミスト Online2023年の経営者

分かりやすい顧客還元サービスに注力――和里田聰・松井証券社長

Photo 武市公孝:東京都千代田区の本社で
Photo 武市公孝:東京都千代田区の本社で

松井証券社長 和里田聰

わりた・あきら
 1971年生まれ。東京都出身。私立開成高校卒業、94年一橋大学商学部卒業。同年プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(現P&Gジャパン)入社。98年リーマン・ブラザーズ証券、99年UBS証券を経て、2006年松井証券入社。11年常務取締役、20年6月から現職。52歳。

 Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)

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── 2024年3月期の第1四半期(23年4~6月)決算は、営業収益も利益も伸びましたね。

和里田 相場が特に日本株市場に追い風になったことが大きかったです。欧米各国はインフレ抑制のため、金融引き締めに動いていますが、日本は金融緩和を続けています。東京証券取引所の有識者会議が、株価と資本コストを意識した経営の実現を要請したこともあり、株主還元政策を変える企業も出てきていて、日本株に追い風になっていると思います。個人の顧客の動きも、より活発化して取引が増えています。

── 創業家以外で初の社長として20年に就任して、約3年半がたちました。この間の取り組みは?

和里田 創業家出身で、伝統的な証券会社を主要ネット証券の1社にした実績がある「松井道夫(前社長)の松井証券」から、「自分たちの松井証券」に転換する組織改革に取り組んできました。権限が強いトップの存在は、スピードが求められる局面では意思決定が早くて良い面がありますが、「許可を得る」ことになると、組織としては少し弱くなる面もあったのではと思います。そこで、経営陣が経営方針や経営目標を示し、各部門は目標とのギャップを明確にして、課題の洗い出し、優先順位付けをする。その上で、今期、取り組むべきものを経営計画としてまとめ、それを各部門が関与して作り上げるというように、事業運営の方法を変えました。

── 昨年には長年使ってきた「㊅」のロゴなどを刷新しました。

和里田 当社がオンライン証券に転換した後もロゴはそのままだったのです。また、スローガンも「大正7年創業以来、昔も今も個人のお客様とともに」という金融機関としての安心感を前面に押し出したものでした。調査をしてみると、松井証券は対面営業の証券会社と答える人が結構いました。それは間違いだし、我々が伝えたいメッセージと違います。統一して発信することが重要だと考え、部署を横断したプロジェクトチームを設立し、ブランドリニューアルを実施しました。

── ネット証券業界では、株式の売買手数料を無料にする動きが注目されています。

和里田 現時点では、SBI証券と楽天証券がやるような手数料の全面的な無料化には安易に追随せず、商品のラインアップの拡充や、サービスの質を高めることで、顧客の支持を得ていきたいと思っています。もちろん、顧客の中には手数料を気にする部分は当然ありますので、(来年1月から始まる)新NISA(少額投資非課税制度)では魅力的な手数料を提示する形で対抗しようと考えており、日本株も投資信託も米国株も手数料無料にすると公表しました。

 さらに今年11月からは、NISAを含むすべての口座の投信の保有残高に対して、年間最大1%のポイントを還元するサービスを始めます。還元率は業界最高で、還元されたポイントは1ポイント=1円で投信を買い付けられるほか、ペイペイなどのポイントに交換することも可能と、より分かりやすく還元するサービスを実施します。

FXでトップ10目指す

── FX取引(外国為替証拠金取引)への取り組みも経営の一つの柱と位置づけていますね。

和里田 FXは、日本株や投資信託とは違うタイプの顧客を独自のブランドで獲得できる分野です。FXだけのコンセプトを作り、ターゲットとなる顧客も設定して、株とは違う独自のマーケティングを展開することで、業界トップクラスの月約3000口座を新規開設してもらえるようになりました。売買代金では現在、業界15位ほどですが、5年後のトップ10入りを目指しています。

── 米国株事業を拡大しています。今後の取り組みは?

和里田 昨年2月にサービスを開始したのですが、同じタイミングで米国の利上げが始まり、株価が軟調に推移したため、「1年後に単月黒字に転換」というもともとの計画からは遅れている状況です。ただ、そもそも参入が相当遅かったことから、他社に追いつくことが優先でした。取り扱い銘柄の拡大や外貨決済の導入、情報コンテンツの拡大などを進めました。

 今後も信用取引の開始、新NISAへの対応を進め、サービスレベルで他社と同水準になります。これまで実施してこなかった対外的なマーケティングも展開することで顧客獲得に期待しています。

── ネット戦略には力を入れていますね。

和里田 当社の強みはオンラインに特化して、効率的なオペレーションを維持していることなので、そこは特化していきたい。20年に立ち上げたユーチューブチャンネルで、投資の初心者向けに動画を配信していて、登録者数は20万人を超える人気です。コールセンターについては、株の取引相談窓口を設けるなど、高度化に取り組んでいます。

(構成=安藤大介・編集部)

横顔

Q 30代の頃はどんなビジネスパーソンでしたか

A 外資系証券会社で資金調達などを手がけていました。しゃにむに働き、体調を崩したこともあります。松井証券の担当になった関係もあり、松井道夫前社長に入社を誘われました。

Q 最近買ったものは

A 人気バスケットボール漫画『スラムダンク』全巻です。来年のパリ五輪出場を決めた男子日本代表のメンバーのほぼ全員がスラムダンクに影響されていたことを知り、大人買いを決意しました。

Q 時間があればしたいこと

A 長期間の旅行がしたいです。「システムが正常か」などと気にせず、南の島や欧米に行ってみたいです。


事業内容:株式売買仲介など金融商品取引業

本社所在地:東京都千代田区

創業:1918年5月

資本金:119億円

従業員数:180人(2023年3月末、単独)

業績:(23年3月期、単独)

 営業収益:310億円

 営業利益:113億円


週刊エコノミスト2023年10月24日号掲載

編集長インタビュー 和里田聰 松井証券社長

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