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悠仁さまトンボ研究の発見 都市のなかの生物多様性 社会学的皇室ウォッチング! /96 成城大教授・森暢平

鹿児島総文祭に出席した悠仁さま(2023年7月撮影)
鹿児島総文祭に出席した悠仁さま(2023年7月撮影)

 トンボは地域の自然環境を評価する際の指標生物となる。ある地域にどのようなトンボが生息するかを継続的に調査することによって、環境の変化を捉える有益な情報が得られるのだ。

 秋篠宮家の悠仁さま(17)は、小学校時代から住まいである赤坂御用地でトンボを追い続けてきた。その成果が、悠仁さまが筆頭著者となった論文「赤坂御用地のトンボ相――多様な環境と人の手による維持管理」(『国立科学博物館研究報告A類(動物学)』49巻4号)に掲載された(清(きよし)拓哉・国立科学博物館研究主幹ら2人と共著)。「トンボ相」というのはトンボの生物相(フローラ)のことで、ある地域に生息するトンボの全種リストを指す。

 悠仁さまら著者3人は2012~22年の11年間、赤坂御用地に生息するトンボ類の種類を調査し8科38種を確認したというのが論文の要旨だ。悠仁さまが小学5年生となった17年以降に調査の頻度が増加したといい、その期間に限っても6年間の長期調査である。この頃からの成果がこのたびまとまった。

 赤坂御用地のトンボ相調査には、昆虫研究者の斉藤洋一らが02~04年の間に行った先行研究がある。このとき見つかったのは24種。このうち2種が今回は発見されず、代わりに新たに16種が見つかった。とくに、東京都のレッドデータブックで、都区部における絶滅危惧ⅠA類に指定されるオツネントンボとオオイトトンボの確認は「特筆に値する」と記す。論文は今年3月28日に受領されたが、「補遺」として、8月19日と7月3、4日にカトリヤンマ、ネアカヨシヤンマを発見したことも付記される。両種ともに都区部の絶滅危惧ⅠA類だ。この2種を追加すれば、確認されたのは40種となる。

 論文は、カトリヤンマについて、近年、東京都港区でも確認の記録がない事実をあげたうえで、「あまり移動しないと考えられている本種が……目撃されたのは驚きである」と書く。確認したときの悠仁少年のワクワクとロマンを想像すると楽しくなる。

夕暮れ時の観察

 こうした結論だけを記すと、赤坂御用地の生物多様性が豊かになっているとの印象を持たれそうだが、事態はそう簡単ではない。

 オツネントンボなど絶滅危惧のおそれのある種も長期的に赤坂御用地に定着しているとは断定できず、継続的にモニタリングする必要があるという。

 では、なぜ前回より多くの種が確認されたのか。論文はまず、調査頻度の多さ、調査時間の多様さによって、発見された種が多かったとの理由をあげる。前回の調査は、外部の研究者が赤坂御用地に入り調べるため、調査の時間帯が限られる。一方、今回の主たる観察者は御用地内部に住む悠仁さまである。ある意味、自由に調査ができる。論文には「特に夏季は必要に応じて黄昏(たそがれ)時にも観察を行った」とある。夏休みの東京の日の入りは午後6時台。夕食時間を遅らせても観察に熱中した悠仁少年の姿が目に浮かぶようだ。

 一方、例えば、かつての関東地方にはほとんど生息していなかったホソミイトトンボのように分布域が北方に拡大したため、見つかった種もあった。北方拡大の理由は明確ではないが、温暖化の影響が推定される。東京近郊に住む方も、昔は見かけなった鮮やかなブルーの細身のトンボを目にしたことがあるかもしれない。多数の種が見つかったといっても環境が良くなったからとは言い切れないのだ。

 重要なこととして、見つかったトンボのほとんどが止水性環境に生息する種であったことがある。

 御用地内は池、水田など止水系の水域がほとんどである。川は流れていない。ただ、オニヤンマなど流水域を好む種もいくらかいた。これについて論文は、夕暮れなどに群集で飛ぶ「黄昏飛翔」で皇居などから飛んできたのではないかと推察する。

 これらのことから論文は「都市化されるより過去のトンボ相がそのまま遺(のこ)されているというわけではなさそうである」と考察する。

エコシステムの変化

 赤坂御用地はもともと、紀州徳川家の中屋敷があった。北西から赤坂川が流れ込み、それを利用して三つの池の大規模な回遊式庭園が設けられた。御用地の中央を川が流れていたのである。また、「長生村跡」という地名が今も残る。紀州藩主が田舎暮らしを体験するため田や農家を再現した庭園が長生村であった。江戸時代、川、池、田と水系は多様であり、流水域を好むトンボも多かっただろう。しかし、そのほとんどが今は生息していない。

 一方で、今回、止水域を好むトンボ類が多く確認された。論文は、「赤坂御用地の環境の多くは人為的に維持管理が行われている都市緑地であり、止水性のトンボ類については、多様な池など止水性環境を伴った大規模緑地の維持管理によって種の多様性の高さを維持できる」と結論付ける。極端な都市化でトンボの生息域の断片化が進んだ。赤坂御用地は皇居のように手つかずの雑木林が多いわけでもない。だが、都市緑地であっても種の多様性の高さは維持されることが示唆されたという。

 赤坂御用地には、日当たり具合や水深が多様な池がある。防火水槽や悠仁さまが稲を育成する水田もある。陸域環境も、樹林や芝生広場など多様な要素で構成される。人の手が適度に入り管理されることが、高層ビルが建ち並ぶ地域であっても、多様性の維持に良い影響があった可能性を論文は指摘する。副題「多様な環境と人の手による維持管理」にはそういう意味が込められている。

 父親である秋篠宮は2019年11月の記者会見で、当時中学1年生だった悠仁さまが3年前から、御用地のトンボが他所(よそ)から飛来してきたものか、ここで繁殖しているかを、トンボの種類をもとに調査しているとしたうえで、御用地のエコシステムがどう変わったのかを知るうえで大切な研究になると述べていた。

 その言葉どおり、悠仁さまの長年の努力が論文という形になった。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日12月24号」表紙
「サンデー毎日12月24号」表紙

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