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自律神経を整えて幸せに老いる 89歳現役ジャーナリスト・田原総一朗×主治医・小林弘幸
高齢になるにつれて疲れやすい、眠れない、体調がすぐれないと感じる人も多いのではないか。そんな不調の原因は、じつは自律神経の乱れにある。ジャーナリストの田原総一朗氏が、主治医であり、自律神経研究の第一人者である小林弘幸医師と対談。生活習慣を改め、考え方を変えることで自律神経を整え、心身ともに健康に暮らす秘訣を開示する。
▼男性30代、女性40代から低下していく副交感神経の働き
▼怒りを抑える簡単コントロール術、自律神経が安定する呼吸法
田原総一朗 自律神経の専門医である小林先生と僕は主治医と患者の関係で、もう10年以上も診ていただいています。
小林弘幸 一番初めにお会いしたのは女優の鳳蘭(おおとりらん)さんを囲んでの食事会の席でした。その後、体調を崩されて、私のところに診察にいらしたんですよね。
田原 2012年春に福島へ講演に行った帰りの新幹線の中で、すごく体調が悪くなってしまって。東京駅に着いてすぐ、小林先生が勤務されている順天堂医院に直行したんです。あの時は便秘もひどかったな。
小林 診察した時は、相当ストレスがたまっていらっしゃるように感じました。便秘の原因の一つはストレスです。脳が緊張や不安などを感じると、その情報が腸に伝えられて、便秘を引き起こす。便秘で腸内環境が悪化すると、その情報が今度は脳に伝わり、自律神経が乱れて、心身の不調も起きやすくなるんです。
田原 脳と腸は、それほど密接な関係があるんですね。
小林 「脳腸相関」と呼ばれています。便秘は女性に多いイメージですが、60歳を過ぎると男性も急増するんですよ。
田原 僕はまさに60歳の時に胃腸が全く動かなくなってしまった。その際はある大学病院に通いましたが、全然治らなくて。医師からこれは胃腸の問題ではないと、精神・神経科へ行くようにと言われたんです。それで自律神経失調症と診断されました。結果的にはその精神・神経科から東洋医学の先生を紹介されて、そこへかかって良くなったんです。
小林 加齢とともに自律神経のバランスが崩れていきます。70代、80代と年齢を重ねるにつれて体調がすぐれない、疲れやすい、眠れないという人が増えますよね。そういう不調も、じつは自律神経の乱れと関わっているんです。
田原 僕は42歳でテレビ東京をクビになってから、ジャーナリストとしてとにかく好きに生きようと決めて、ここまでやってきた。それは89歳になった今も変わらないけれど、やはり自律神経の乱れやストレスはあるということですね。
小林 ご自身の思っている感覚と実際の身体の感覚にはギャップがありますよ。「自分はストレスがない」と言う方でも、自律神経を測定してみると明らかにストレスを持っているデータになることも多い。生でテレビに出演されるだけでも、かなりのストレスがかかっていると思います。
田原 自律神経というのは、そもそもどういう仕組みなんだろう。
小林 自律神経には交感神経と副交感神経があって、私たちの意思とは関係なく24時間働き続けて、どちらかが優位になる状態を繰り返しています。昼に活発に活動している、また強いストレスや悩みごとを抱えていると交感神経が活発になり、心拍数や血圧が上昇します。反対に好きな音楽を聴いたり、入浴してリラックスすると副交感神経が優位になり、心拍数や血圧が下降して胃腸の働きも活発になる。車のアクセルとブレーキみたいなものですね。
田原 年齢とともにバランスが崩れるというのは、交感神経と副交感神経が具体的にどうなるんですか。
小林 交感神経の働きは年齢を重ねてもあまり変化がないんです。でも副交感神経の働きは男性は30代、女性は40代から低下していく。高齢になって怒りっぽくなった、逆に口数が減ってふさぎこみがちになったなどの症状が出たら要注意です。
一定のリズムが精神を安定させる
田原 僕は討論番組で激高して批判されることがよくあるんです。でも基本的に自分は闘う姿勢でこれまでやってきたところがある。テレビというのは政府から放送免許を与えてもらっています。だから、基本的にテレビは政府とケンカできない。でも僕はその政府とどこまでケンカできるか、それが面白いと思ってずっとやってきた。小泉(純一郎)さんにも安倍(晋三)さんにも岸田(文雄)さんにも、僕は直接、批判を言う。でもそうすると、みんな喜ぶんだ。その代わり決して陰では言いませんよ。
小林 そういう意識や考え方というのは大変に面白いと思います。ただ人は誰でも交感神経が優位になって怒りのスイッチが一度入るともう止められなくなってしまう。だから、スイッチが入らないように努めるのが一番いいと思います。
田原 そのスイッチを抑える良い方法はありますか?
小林 やり方を変えればいいだけですよ。思考場(しこうば)療法(TFT療法)という有名な方法があるので、試されてみてはいかがでしょうか。相手の話を聞いている時に、机などを触れるか触れないかくらいの一定のリズムで叩(たた)くんです。そうすると自律神経が安定してスイッチが入らなくなります。これは画期的な方法で、海外では演説の時にやる人が多いんですよ。このリズムを打っている以上は常に自分をコントロールできてるし、主導権を握れているので、どれだけ反論されたり、野次(やじ)を飛ばされても大丈夫です。怒るというのは主導権が向こうに渡った時に爆発してしまう行為なんですね。
田原 机を一定のリズムで叩くことで、どうしてそんなに効果があるんですか。
小林 自律神経はリズムに反応するんです。だから番組前に楽屋で1分間、メトロノームを聴くのでもいいですよ。自然に呼吸も整ってきて、たぶんその番組は怒らないですみます。
田原 そういえば人生においても、「リズムがいい」とか「リズムが乱れた」とか言いますよね。
小林 その通りです。怒りというのは結局何も生まない。怒って興奮状態になると交感神経が刺激されて血管が収縮し、心臓や脳の血管に負担がかかります。人のために怒っているのに、逆に自分の体が一番傷つくし、嫌な思いをするんだと分かると、怒るのが馬鹿らしくなりますよ。僕なんかも案外と怒りっぽい方でしたけれど、医学的に考えると怒るほど無駄なことはないなと思ってやめました。
嚙むことで副交感神経が優位に
田原 小林先生は自律神経の名医であり、権威ですが、そもそもどうして関心を持ったんですか。
小林 一つは、中学校2年生の時の野球の試合です。埼玉県の県大会で準優勝したんですが、その予選の試合で初めていわゆるゾーンという感覚に入ったんです。究極の集中力の状況というんでしょうか。その経験をして、あれは何なのかなというのはずっと興味としてあったんですよ。
田原 ちょっとごめんなさい。小林先生は野球部だったんですか。ポジションはどこですか?
小林 ショートで、4番バッターでした。
田原 じゃあ、チームの中心メンバーだ。
小林 今でも覚えてるんですけれど0対0で、3番バッターが三塁打を打ったんです。そこで僕に回ってきた。対戦相手もいいピッチャーでボールがなかなか来なくて、ずっとストライクなんですね。5球か6球ファウルを打つうちにどんどんゾーンに入ってきて、そのピッチャーと僕しか見えなくなったんです。
田原 観客や周囲の人の存在や声も感じられない、と。
小林 そうなんです。その後直球が来たのでもう振らざるを得ないと思って打ったら、それがサヨナラヒットになった。ファーストへ走る時も歓声や音は何も聞こえなくて、もう独立した空間というか。これは何なんだろうと思っていました。ピアノの発表会で良いパフォーマンスをするとか、そういうのも全部自律神経に関係しているんじゃないかと研究を始めたんです。
田原 そもそも自律神経というのは、いつ頃から注目されるようになったんですか。胃腸が悪いのは自律神経が乱れているとか、そういう関係性は昔は分かっていなかったでしょう。
小林 頭痛や目まい、倦怠(けんたい)感や不定愁訴などは検査しても何も異常がないので、以前は「気のせいだ」とメンタルの問題にされていたんです。それが自律神経失調症と診断されるようになったのは10~15年くらい前ですね。研究が発達したのは、自律神経が簡単に測定できるようになって以降です。
田原 それはどうやって測定するんですか。交感神経や副交感神経も数値になって出てくるということ?
小林 毛細血管が走っている指と耳たぶを機器で挟んで血脈を測ります。血脈や心拍は常に一定のリズムなんですね。でも一定のリズムのように見えて、微妙に1拍1拍の長さが違うというか、ズレが生じるんです。それをゆらぎと言うんですが、そのズレの部分が自律神経なんです。それを解析すると、高い周波数は副交感神経で、低い周波数は交感神経というのが分かって、分析できるようになった。たとえばパニック障害の方だと交感神経が優位で、副交感神経はほとんどゼロです。ところがうつ病は逆で、交感神経はゼロで、ほとんどが副交感神経です。
田原 自律神経のバランスを取るにはどんな生活をすればいいんでしょうか。
小林 まず大事なのは呼吸ですね。吸うと吐くの長さを1対2にします。鼻から3秒かけて息を吸ったら、口から6秒かけてゆっくり吐く。そうすると自律神経が安定するというのが分かってきた。あとは食事も大きいですね。一番大切なのは腹七分目で、暴飲暴食をせずに3食規則正しく取ること。そのうえで食物繊維と発酵食品をしっかり摂取すれば大丈夫です。
田原 僕はもうほとんどが入れ歯で、魚などの柔らかいものしか食べられない。肉とか硬いものは無理なんですよ。そうすると、栄養が偏るんじゃないかと心配してるんだけど。
小林 魚や卵、大豆製品や乳製品を取っていれば平気です。苦手な食材を無理に食べるとストレスで腸内環境が悪化します。美味(おい)しいと思うもの、好きなものを優先して構いません。
田原 長生きするには歯が丈夫じゃなければとよく言われますよね。
小林 入れ歯でもいいので、とにかくよく嚙(か)む、顎(あご)を使うことが大切ですね。咀嚼(そしゃく)のリズムが副交感神経を刺激するからです。食事の時間が30分の人はゆっくりよく嚙むことを心掛けて、40分にするよう努力してください。ガムやグミを嚙むというのもいいですよ。
田原 それは認知症予防にも効果がある?
小林 嚙むと脳の血流が良くなるというのが分かっているので、認知症予防にもなります。脳にいかに質のいい血液を十分流すことができるかが大切です。
自律神経の良し悪しは伝染する
田原 よく認知症にならないためには散歩をするなり、外出をするなり、とにかく動けと言いますよね。
小林 ただじっとしていると血流がうっ滞して流れが悪くなります。そうすると自律神経の働きも落ちてしまうので、動いて血流を良くするのは大事なポイントです。
田原 それから人と会って話すというのは物事を考えることにも繫(つな)がるからいい、と。最近はオンラインも多いけれど、僕は実際に人と向き合って話すフェイス・トゥ・フェイスを基本としています。
小林 自律神経にとっては動かない、刺激がないというのが2大悪で、とにかく停滞というのが一番良くないんです。人に会う、それから自然に親しむ、音楽を聴くなど感性が揺れ動くことをやるといいですね。
田原 世の中のサラリーマンは趣味のゴルフも麻雀も、酒を飲むのも、全部会社の付き合いなんですね。それが定年になると一切なくなって、孤立してしまう。家でポツンとしていると認知症もフレイルも進むから、ろくなことがないんだね。でも女性は長年かけて地域に友人関係やコミュニティーを築いているから60歳になっても70歳になってもその社会の中で生きることができる。
小林 本当にそうですね。あと人付き合いをするうえで気を付けたいのは自律神経というのは伝染するということです。楽しく、やる気に満ちた人と一緒に暮らしたり、触れ合うとみんなバランスが良くなります。反対に、悪口を言っている人たちの中にいると自律神経が乱れてしまいます。
田原 僕は80歳以降、死が怖くなくなったんです。いつ死んでもいいから、好きなことをやろう、と。僕が89歳の今もこうして現役で仕事を続けられるのは小林先生のお陰です。小林先生は老人は楽しく、自分の好きにわがままに暮らせ、とも仰(おっしゃ)っています。自分は今後も、そうやって生きていきたいと思っています。
(本誌・鳥海美奈子)
たはら・そういちろう
1934年、滋賀県生まれ。63年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局準備段階から入社。77年フリーに。「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」(ともにテレビ朝日系)でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。『堂々と老いる』(毎日新聞出版)など著書多数
こばやし・ひろゆき
1960年、埼玉県生まれ。順天堂大医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。ロンドン大付属英国王立小児病院など世界的に有名な小児外科病院に勤務。順天堂大に日本初の便秘外来を開設。自律神経の分野でトップアスリートの指導にも関わる。『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)など著書多数