週刊エコノミスト Online サンデー毎日
「家計」で「学び」は諦めない!「学費無償化」「奨学金」の徹底活用術 国、自治体、企業で相次ぐ「支援」 奨学金アドバイザー・久米忠史
「学費」を巡る動きが近年、国や地方自治体で目まぐるしい。「無償化」「修学支援」「奨学金」……。さまざまな言葉が出てくるが、整理がつかない読者も多いのではないか。合格の知らせが来始める一方、来春に向けて準備も始まる時期。奨学金のエキスパートが活用術を説く。
東京都の小池百合子知事は昨年12月、2024年度から私立を含む全ての高校の授業料を無償化する方針を示した。現在、全国の約8割の高校生が利用する国の高等学校等就学支援金は世帯収入910万円未満が条件だ。それを都内在住者に限り、所得制限を撤廃する高校授業料の「実質無償化」だ。実現すれば少なくとも新たに約14万人に対し、約600億円を助成する見込みになるという。
大阪府も24年度から私立も含めて所得制限の撤廃を段階的に実施。26年度には府内在住の全学年の高校生の授業料が無償化される。こちらは昨年8月に正式決定しており、所得制限の撤廃は全国初だった。
両自治体では、大学をはじめとする高等教育でも無償化が進んでいる。大阪府は大阪府立大、大阪市立大で、20年度入学生から年収590万円未満の府民世帯の学費無償化を実現している。これは両大学が22年に統合して開学した大阪公立大にも受け継がれ、24年度から所得制限を段階的に撤廃し、26年度に全学年で無償化する予定だ。
東京都も今年1月、24年度から所得制限(世帯収入478万円未満)を撤廃し、東京都立大の授業料を無償化する方針を決めた。政府も昨年12月、「こども未来戦略」を閣議決定し、扶養する子どもが3人以上の多子世帯に対し、国公立大の年間授業料約54万円や私立大は年70万円を上限に補助する大学等の「無償化」を打ち出した。
高校や公立大の無償化は各自治体の財政状況による。隣接府県の住民にすれば不満を覚えるだろう。東京や大阪への移住者増加にもつながりかねない。また、政府の「第3子を無償化」は、3人きょうだいでも1人が扶養を外れれば、残り2人は補助の対象外になるなどの課題もある。本稿では各制度の批評は脇に置く。ただ、国や自治体が高校や大学の無償化の動きを加速させていることは確かだ。
一方、経済的制約があってもそれぞれの立場からチャレンジできる、返済が不要な「給付型奨学金」(以下、給付型)も広がっている。活用術を探ってみたい。
修学支援新制度をまずは頭に入れる
まず、政府が20年度に創設した「高等教育の修学支援新制度」(以下、修学支援新制度)を絶対に理解しておくべきだ。給付型に加え、入学金と授業料の減免支援を受けられ、国の奨学金事業は大きく前進した。
修学支援新制度は、国の奨学金事業を担う日本学生支援機構(JASSO)の給付型に採用されることが前提となる。JASSOの給付型の採用者が、進学(在学)する大学などに学費の減免申請をすることで、減免支援が受けられる〝2段階〟の仕組みだ。申し込みは高校3年の4~7月に申請する「予約採用」と、大学などへ進学(入学)後に申請する「在学採用」がある。現在は予約採用が主流で、来春に大学受験を考えている生徒や保護者はまず予約採用の申請時期を頭に入れておいてほしい。
予約採用の成績基準は「高校の成績が3・5以上」または「面接やリポート等で学修意欲が確認できる者」とある。家計基準も設けられており「住民税非課税世帯」「それに準ずる世帯」となる。どちらかと言えば家計状況を重視した採用基準となっている。
家計基準に応じて支援や減免の額が決まっているが、それは文部科学省のホームページなどで確認してほしい。22年度のJASSOの「業務実績等」によれば、約33万7000人に約1500億円が給付された。貸与型奨学金の規模約113万人(約8400億円)に比べれば、「まだ小さい」という声もある。
ただ、多くの高校生の進路に影響を与えたことは確かだ。それは、修学支援新制度の開始前後の進路割合を見れば一目瞭然だ。19年3月卒者(全日制・定時制)と23年卒者の進路割合を見ると次の通りだ。
大学(19年49・8%→23年56・8%)▽短大(4・4%→3・4%▽専門学校(16・4%→16・2%▽就職(17・5%→14・0%)=文科省学校基本調査より
大学進学へのシフトぶりが見てとれる。
実際、ある地方の進学校に招かれた際、「制度のおかげで県外大学進学者が急増した」と語った校長の言葉が印象に残っている。
JASSO奨学金は毎年のように制度改正がおこなわれ、かなり複雑な仕組みになっている。非常にわかりづらいのが難点だ。とは言え、日本最大規模のJASSOの給付型奨学金情報は見逃さないでほしい。
民間は給付型7割 検索サイト活用も
個人的に注目しているのが民間の奨学金だ。JASSOの調べでは、奨学金事業を行う民間の公益法人が19年度時点で695団体あり、給付型が7割を占める(※)。着目し始めたのは、児童養護施設等出身の大学生たちとの出会いだった。
10人ほどの施設出身の大学生と共に、施設の中高生へ奨学金情報を届ける活動を昨年から始めた。驚いたのは参加する大学生の半数以上が、複数の民間奨学金を受給していたことだ。
都内の私立大に進学した東北出身の学生は七つの給付型を受給、九州の国立大に在籍する学生は九つもの奨学金を受給していた。ちなみに、施設等の出身学生のほとんどが修学支援新制度の満額支援にあたる第1区分に採用される。その上で、複数の民間奨学金を受給しているのである。
彼ら彼女らに共通していたのは諦めずにチャレンジする積極性だ。先の東北出身の学生は20団体以上に応募したという。民間奨学金の多くは「作文、小論文」が課される。さらに、面接が行われることもあり、全員が口をそろえたのは作文、小論文の苦労だ。団体が提示する課題や求める人物像などを研究し、ダメ元でも応募したという。
作文や小論文は苦手な人が多数派だろう。しかし、作文や小論文、面接対策は受験にも活(い)かされる。私立大学の23年度入学者の約6割が「総合型・学校推薦型選抜」で受験している。この種の入試では、作文・小論文、面接が重視される。さらには就職活動でも同様だ。民間奨学金にチャレンジすることで、受験と就活スキルも高められるなら〝一挙三得〟ではないか。
もう一つ重要なのが別々の奨学金を併せて受け取ることに対する「併給制限」である。後述する大学独自の奨学金も同様だが、民間奨学金では修学支援新制度との併給を不可とするケースが多い。ただし、給付型との併給は不可だが、学費減免との併給を認めるケースがある。彼らの多くは、応募に際して給付額よりも併給制限を重視していた。
いくつか具体例を見てみると、似鳥国際奨学財団(年額60万円)とキーエンス財団(年額120万円)では、他の給付型との併給は不可だが、授業料減免制度との併給を認めている。一方、DAISO財団(年額60万円)は、JASSOを含む給付型と授業料減免との併給を可としている。
民間奨学金は団体それぞれが情報発信しているため、学生からすれば広く、見つけづらいという課題があった。それらの社会的ニーズに対してベンチャー企業が奨学金情報検索サイトを公開している。「ガクシー」「Crono My 奨学金」だが、それぞれ「ガクシー」「クロノ 奨学金」と検索すれば直(す)ぐに見つかる。活用してほしい。
大学独自の奨学金 「入学前予約」拡大
最も見つけやすいのが、大学が独自に設ける奨学金だろう。学生課などの奨学金担当部署に応募可能な制度をまとめた冊子が用意されていることもある。対象大学を指定する民間奨学金もあるため、それらの情報が得られることもある。
19年度時点の大学独自の奨学金の88・5%が給付型である(※)。全大学の給付型総数は約3100制度あり、当時の大学設置数の786校で割ると、一大学に四つの給付型の独自奨学金が用意されている計算だ。
大学独自の奨学金では「成績・能力重視」「成績・家計基準重視」の二つにわかれるケースが多い。前者は特待生など入試の成績上位者やスポーツ特待生などがイメージしやすい。後者に関しては大学それぞれに特徴が見られる。
10年ほど前から広がり始めたのが「入学前予約型奨学金」だ。入学前に給付型や学費減免が確定する仕組みで、09年度に早稲田大が「めざせ! 都の西北奨学金」として先陣を切った。その後に首都圏、関西圏の大規模大学を中心に同制度を導入する動きが続き、今では全国の多くの大学に広がっている。ほかに一般選抜とは別に、奨学金の採用審査を前提にした「スカラシップ入試」を導入する大学が増加しているのも近年の特徴だ。少子化時代のなか、大学が独自の奨学金制度を充実させる傾向は今後も続くであろう。
筆者は平均所得の低い地方の高校で保護者に講演するケースが多い。そこでは「大学独自の奨学金で経済負担を軽減するのも大切だ」と伝えている。国家資格などはどの大学卒でも全国で通用する。ならば、安く国家資格を取るというのも選択肢の一つだと考える。
那覇は修学支援 新制度の課題クリア
自治体が設ける奨学金の割合は貸与型(72・9%)、給付型(26・2%)、併用型(1%)である。給付型が4分の1を占める一方、無利子の貸与型が主流だ。ただし、貸与型でありながらもUターン就職や医療系など特定職種で、一定期間の勤務などを条件に返済の一部または全額が免除される奨学金が76・2%を占める(※)。地元の人材確保と若者の定着を狙った施策だが、地方の就職では給与などの待遇面での課題が残る。また、自治体の奨学金はJASSO奨学金との併用を認めないことが多い。しかし、中には特徴ある制度を設ける自治体もある。
国や民間と比べると、自治体奨学金の多くは時代遅れの感がある。だが、那覇市の給付型制度は特徴的だ。県民所得が最も低く、離婚率の高い沖縄県では、高校現場も行政も奨学金への関心度が非常に高い。実際、筆者が調べた修学支援新制度の沖縄県の採用率は全国平均の3倍を超える。
「那覇市給付型奨学金」は修学支援新制度の課題点をカバーしている点が最大の特徴と言える。同制度による給付額は入学金(上限28・2万円)、授業料(上限72万円)、施設費(上限20万円)であり、修学支援新制度での本人負担分を那覇市が給付する仕組みだ。そのため、採用者全員が修学支援新制度での第1区分と同程度の支援が受けられる。しかも、修学支援新制度では減免対象外の「施設費」も給付される。
さらに、入学金などの納付が必要な合格発表後に給付が実行される。人口流出に悩む自治体関係者には那覇市の取り組みに関心を持ってもらいたい。
JASSOは21年度から「企業の代理返還制度」を開始している。社員の奨学金を企業も共に返済するものだが、企業は支援額を損金扱いでき、法人税の減額が見込まれる。開始当初65社だった参加企業が、23年6月には920社に急増していることを『産経新聞』が同7月に報じた。若者世代の負担になっている奨学金返済と、新卒採用に苦しむ企業の人事戦略が背景にあることが想像できる。
国が教育費の無償化に舵(かじ)を切った。さらに、地方自治体や大学、民間も奨学金支援の動きが広がり始めている。だからこそ、積極的に情報収集してほしい。
※引用元=JASSO「令和元年度奨学事業に関する実態調査」
くめ・ただし
奨学金アドバイザー。2004年に沖縄の立場に特化した進学情報誌の出版に関わる。09年には奨学金を解説したホームページ「奨学金なるほど!相談所」を開設