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週刊エコノミスト Online 書評

西洋中心史観から脱却して世界的視野で捉えた大英帝国の姿 評者・上川孝夫

『イギリス帝国盛衰史 グローバルヒストリーから読み解く』

著者 秋田茂(大阪大学教授)

幻冬舎新書 1540円

 米中の覇権争いが続き、戦争や紛争なども後を絶たない。古今の歴史をひもとくと、しばしば「帝国」に遭遇するが、かつて世界帝国として君臨したのがイギリスである。本書は、その勃興から繁栄、衰退に至るまでの500年余りの歴史を振り返り、現代への教訓を探ったものだ。

 イギリス帝国はなにより「海」によってつながった世界帝国であった。それを可能にしたのが15世紀半ばから始まる「大航海時代」であり、16世紀のスペイン帝国、17世紀の強国オランダへと続く戦争や国際関係に詳しく触れている。また政治的には、立憲君主制と議会政治の基礎を確立した「名誉革命」が大きな転換点となったが、それは貴族や地主など支配階級内部の勢力争いに過ぎず、社会の支配構造は何ひとつ変わらなかったと指摘する。

 イギリスの帝国化が進むのは18世紀である。新大陸の植民地支配を中心とする「第一次帝国」から、アメリカを独立で失った後は、インドの領土支配を中心に「第二次帝国」へと移行する。ただ対米関係も、統治費用が不要になっただけでなく、経済・貿易関係はむしろ強化される。カナダやオーストラリアなどの自治領の創設も、本国の負担を減らす狙いがあり、安上がりな「帝国経営」も目指されたようだ。

 本書には戦争にもかかわらず国境を超えて維持される商人のネットワークや、歴史上の重要人物への言及も多い。19世紀後半には「世界の工場」としての地位を失うが、ロンドンのシティーを中心に金融・サービス業が発展し、帝国の黄金期を支える。時代に応じて仕組みを変えていく帝国の計算高さにも着目している。

 その後の帝国の衰退で注目されるのは、旧植民地との関係であろう。イギリスは大国化したアメリカから第二次大戦で支援を受けるなど、アメリカの「ジュニア・パートナー」の地位へと転落する。インドも、今や「グローバルサウス」の有力国である。イギリスには現在も貴族制度は残るが、伝統的な階層構造は崩れ、現スナク英首相はインド系出身である。イギリスはインドとの貿易拡大も模索しており、かつての英印関係は「逆転」したと著者は見る。

 本書の特徴は、「グローバルヒストリー」という副題に示されるように、従来の一国史では抜けていたさまざまな側面に目を配り、西洋中心史観からも脱却して、世界的な視野からイギリス帝国史を捉え直したところにある。複雑な様相を見せる激動の今を考えるうえでも示唆に富む一書である。

(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)


 あきた・しげる 1958年生まれ。広島大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士後期課程中退。大阪外国語大学助教授等を経て現職。現在、人文学研究科グローバルヒストリー・地理学講座教授。著書に『イギリス帝国とアジア国際秩序』など。


週刊エコノミスト2024年2月20・27日合併号掲載

『イギリス帝国盛衰史 グローバルヒストリーから読み解く』 評者・上川孝夫

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