週刊エコノミスト Online サンデー毎日
捏造データまで使われた「有識者」の粗雑な議論 社会学的皇室ウォッチング!/105 成城大教授・森暢平
これでいいのか「旧宮家養子案」―第7弾―
皇位継承について議論した2021年の「有識者会議」では、旧宮家養子案を選択肢のひとつとする結論が導かれた。しかし、会議のヒアリングで、旧宮家養子案を支持した法学者(憲法学)の百地章(ももちあきら)(国士舘大学客員教授)が示した世論調査の結果は、のちに捏造(ねつぞう)であったことが判明したものだ。「有識者」が行う議論としては、あまりに粗雑すぎないか。(一部敬称略)
百地は21年5月10日にヒアリングに呼ばれた。その際、産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が19年5月と11月に実施した世論調査を紹介した。旧宮家の皇籍復帰について5月調査では「認めてもよい」が42・3㌫、「認めないほうがよい」が39・6㌫であると百地はプレゼンテーションしたのである。また、11月調査では「認めないほうがよい」が34・9㌫に減少したデータも示した。(有識者会議資料)
百地がこの調査を引用するのは、「世論調査によっては『旧宮家の皇籍復帰』を支持する者が上回っているものがある」ことを示すためだ。たしかに、わずかとはいえ、皇籍復帰賛成が反対を上回っている。百地はまた、「政府や国会がきちんと説明すれば、さらに多くの国民の理解が得られるようになる」との見通しも述べた。
しかし、この調査には不正があったことが分かっている。産経・FNNが19年から1年間に実施した14回の調査は、調査会社に委託されていた。各調査の半数を担当した「日本テレネット」(本社・京都市)は実際は調査をしていないのに、データをでっち上げていたことが判明している。コールセンターに勤務する調査員が、電話を掛けずに架空のアンケート結果を書き込んでいた。不正件数は、14回の総調査件数の12・9㌫。こうした不正が行われれば、保守系メディアである『産経』が望むような結果になるのはむしろ当然である。
産経・FNNは20年6月、14回の調査を報じた記事をすべて取り消した。百地は、取り消された捏造データをもとに、旧宮家の皇籍復帰支持が増えているという論を繰り広げたのである。
皇族に対してではない「ご自覚を持って」発言
もう一例、百地の議論が危ういものであることを示す例を挙げる。百地は、11宮家の旧皇族たちが、皇室に戻る気持ちを持っていた根拠として、宮内省の次官であった加藤進が離脱する皇族たちに「ご自覚を持って身を慎んでいただきたい」と伝えたとする証言を取り上げる。しかし、加藤が皇族にこうした助言をしたというのは、基本的な資料の読み間違いである。
有識者会議で、百地は次のような趣旨を語った。「(加藤は、旧皇族の方々に対して)『万が一にも皇位を継ぐべきときがくるかもしれないとの御自覚の下で身をお慎みになっていただきたい』と申し上げた旨、証言している」。百地が挙げる出典は『祖国と青年』(1984年8月号)のインタビュー記事「戦後日本の出発―元宮内次官の証言」だ。
この記事で、加藤は、戦後の「重臣会議」の席上、元首相の鈴木貫太郎から「(11宮家の皇籍離脱が)やむを得ないことはわかったが、しかし皇統が絶えることになったならどうであろうか」と質問されたときのエピソードを語っている。加藤は次のように答弁したという。「万が一にも皇位を継ぐべきときが来るかもしれないとの御自覚の下で身をお慎しみになっていただきたい」
百地による引用自体は正しい。「ご自覚を持って」発言はたしかにあった。
しかし、状況は百地の説明とは異なる。加藤は旧皇族に直接、諌言(かんげん)はしていない。「重臣」に対して、加藤が希望を述べたにすぎない。
細かい違いのように思われるかもしれないが、この点は重要である。「ご自覚を持って」言説は、皇籍離脱にあたって加藤が皇族を諌(いさ)め、それを受けた旧皇族たちはその後、身を慎んで生活したと強調する文脈で語られるからだ。保守系メディアが折に触れて繰り返す。しかし、本連載が述べてきたとおり、現実の旧皇族たち、典型的には、東久邇稔彦(ひがしくになるひこ)、久邇朝融(くにあさあきら)、賀陽邦寿(かやくになが)らが、身を慎んでいたとは思えない。男系論者たちは、ありもしない諌言をもとに、旧皇族は皇室復帰に相応(ふさわ)しいという神話を繰り返してきたのである。
加藤の覚悟と比して軽すぎる百地の発言
加藤が鈴木に「ご自覚を持って」発言をしたのは、46年中のことだと考えられる。鈴木は、侍従長を経て、敗戦時の首相を務めた重要人物であり、戦後は、枢密院議長に再就任した。
戦前の「重臣会議」は、首相経験者らが次期首相を選定する会議であるが、敗戦後はそうした会議は開かれていない。すなわち、加藤の言う「重臣会議」がどのような性格の会議だったのか、誰が出席したのかも明らかではない。想像するに、皇籍離脱という大きな決断をする際、宮内省が、鈴木らを非公式に招き、離脱の方針を「相談」したものではなかったか。その意味でも、加藤発言が何らかの重みを持って、皇族たちに伝わったとは思えない。
加藤発言に対し、鈴木は、「(それでも)将来皇位継承者がいなくなったらどうするか」とさらに尋ねた。加藤は、「万が一にもそのようなことは無いと存じますが、それでも絶えたなら、そのときは天が日本を滅ぼすのですから仕方のないことではありませんか」と返答した(『祖国と青年』)。日本から皇室がなくなることまでの覚悟を示したのである。
加藤はまた、皇籍離脱する旧宮家に対し「品位を保つだけ」の一時金は用意するとも述べている。鈴木を説得するための材料のひとつと考えることもできる。実際、日本政府は連合国軍総司令部(GHQ)と交渉して、離脱を実現していく。
男系主義者は、天皇制が国家観、歴史観に関わる重要な問題だと言っている。そのような重要事を協議する有識者会議で、「有識者」の百地が、捏造データを紹介したり、資料の読み間違いをしたりして、都合のいい論を論証するのは、どうしたことだろうか。加藤の覚悟と比較して、あまりに軽い。(以下次号)
もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など