週刊エコノミスト Online サンデー毎日
「ひとり言」のすごい脳活効果 脳専門医が唱える驚きの新説
周囲と会話をせず、ぶつぶつひとり言を言う人を見かけると「ちょっとおかしいヤツ」「気色悪い」というレッテルが貼られる。そんなマイナスイメージを覆す〝ひとり言肯定本〟が刊行された。そこで、編集部イチのひとり言記者が、著者に斬り込んでみた。
週に1、2度顔を出す編集部。荷物やパソコンが置きっぱなしの雑然としたデスクに腰掛け、国会中継を流しているテレビ画面を見つめて、「これだから岸田首相はねぇ」などとひとり言をつぶやく。
隣でパソコン画面と格闘している編集長が驚いたようにこちらを振り向き、「また山田さんのひとり言かぁ」と、あきれ顔で笑う。
そう、私は思いついたことがすぐに口に出てしまう編集部イチの〝ひとり言記者〟で、その一番の被害に遭っているのが隣席の編集長なのである。
その編集長がある日、「山田さん、『ひとり言』の著者インタビューをやってもらえませんか?」と声をかけてきた。1~2週間前、編集会議でN編集部員が提案していた『なぜうまくいく人は「ひとり言」が多いのか?』という新刊の著者インタビューである。
実は、常日頃の行いからなんとなく振られることは想定していた。遠目で見ていたN氏も「待ってました!」とばかり、私に本を手渡してきた。
とはいえ、「ひとり言」だ。『デジタル大辞泉』(小学館)によると「聞く相手がいないのにひとりでものを言うこと。また、その言葉」などと記されている。周りからすれば「ひとり言」は、迷惑だとか気持ち悪いとか、ネガティブな印象を持たれることが多いだろう。
それが、ひとり言でうまくいく? ポジティブに捉えられる? ちょっと眉唾モノじゃない? そんな疑念を抱きつつも、表面上は気安く引き受けた。まずは本を読んでからだ。「つまらなかったら月に代わっておしおきよ!」と、パラパラとページをめくりながら、まずは一言つぶやいていた。
著者は、脳内科医の加藤俊徳さん。1995年から2001年まで、米ミネソタ大でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事していた経験を持ち、現在は自身のクリニックで診療に当たっているほか、昭和大で客員教授として教鞭(きょうべん)を執っている。
約30年の研究成果を結実させた
加藤さん本人は30代の頃、同僚から「ひとり言が多いね」と指摘されて、自身のひとり言を意識したと記している。本書には、統合失調症の人は妄想や幻覚によって意味不明のひとり言をつぶやいたり、自閉症スペクトラム障害の人は気に入った単語を繰り返し、注意欠陥・多動性障害(ADHD)の人はとりとめもなくつぶやく傾向があると、専門医としての所見を述べている。
だから多くの人は、ひとり言が多いと指摘を受けたら癖を直すような行動を取るだろう。しかし、加藤さんは違った。自分の「ひとり言分析」を始め、〈集中してものを考えているときに限って、いろいろとつぶやいている〉ことに気付いたという。
人の脳には、学習して蓄積した記憶とは別に、人類や民族の歴史を蓄積した〝共通の記憶〟と呼べる「普遍的無意識」があると、スイスの精神科医で心理学者のユングは説いている。それを脳科学的な見地から加藤さんは、ひとり言の効用として分析し、「ひとり言のすごい脳活効果」「ひとり言と脳の関係」「脳に『良いひとり言』と脳に『悪いひとり言』」など6章立てで、ひとり言の前向きな活用術を示している。
ならば、加藤さんにいろいろ伺ってみるしかない。
――「ひとり言」をテーマに本を書こうと思われたのはいつごろからだったんでしょうか。
加藤 その前に、本にも書きましたが、私がひとり言を意識したのは30歳の時。日本の研究室にいて、友人と昼食を摂(と)っていたら、「加藤先生もひとり言を言っているよね」と言われたんです。その時初めて、自分がひとり言を言っているんだと意識しました。それから自分で検証したら、相当言っている(笑)。
私は他人に聞かれるような声を四六時中出している覚えはありませんでした。口や顔の筋肉を動かして声を出していたことに気付けなかったのです。しかし、頭の中で常にひとり言をつぶやいているという自覚はありました。
要は、常に考え事をしていて、疑問や解答、対策についてあれこれ思いを巡らせていました。その時々で、つい声に出していたわけです。というのも、自分で考えた方が他人に妨害されず、アイデアに富んだ答えをいくつも出せるからです。
たとえば、研究の方法について上司に相談して、「いや、それは違うんじゃないか」と言われたら、やる気を失ってしまうでしょう。なので、ひとり言自体を悪いことだと思わず、研究に取り組んで脳科学の論文を書いたり、いろいろな研究で成果を出すことができたのです。
本については、2、3年前、ある出版社の編集者からひとり言について聞かれたことがきっかけです。私がひとり言の効用を話したら、記事にしたいということになり、それを読んだクロスメディアの編集者から書籍化したいという話をいただきました。
しかし、唐突に出版に至ったわけではなく、私は30歳以降からひとり言の研究を積み重ねていました。米国にいた時の研究では、思考を巡らせるだけで声にしない時と、ボソッと声にした時で脳の反応、動きが違うことが分かりました。また、言葉に発する単音、「あ」や「か」でも脳の動きが違うことも明らかになったのです。
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加藤さんは30年近くひとり言研究をしてきて、それが結実したものが本書だということだ。しかし、社会的にはひとり言はネガティブなイメージが一般的だ。長年、どのような思いを抱いていたのだろうか。
自分と向き合う姿勢でつぶやく
――社会的にひとり言に対するイメージは悪いですが、それに対して反発心とか抱いていたのでしょうか。
加藤 それはありましたが、本にすることには勇気が必要でした。もっと言えば、書籍化には躊躇(ちゅうちょ)していました。というのも、たとえばLGBTQのカミングアウトと同じような感覚を持っていたからです。
しかし、そんな私の背中を押したのは、日々接している患者さんたちでした。
私は小児科医であり、発達障害の患者さんも診ています。さまざまな疾患を抱えている人たちですが、彼らにも「言う力」があります。意味不明のことをぶつぶつ言っていたとしても、それは「言いたい脳」になっている。ひとり言を言いたい脳は、彼らの可能性であり、自己表現です。精いっぱい生きる力で、否定してはいけない。そう振り返ってみた時、書籍化に一歩踏み出せたわけです。
自分に置き換えてみても、私はひとり言で自分を救ってきたと思う。「ひとり言を言うな、改めろ」となると、私の頭が止まってしまうという話になる。いわば、ひとり言は私が〝生きている証拠〟でもあるわけです。
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加藤さんによると、脳は右脳と左脳があり、左脳は聴覚認知、右脳は視覚認知を司(つかさど)るという。右脳が発達した視覚優位の人ほどひとり言が多くなる傾向があるという。
現代はスマホの時代で、情報は文字や映像として視覚から入ってくる。つまり、右脳発達の人が増え、ひとり言をつぶやく人たちが増加していると言えるのではないか。しかし、そこで浮かんだ一つの疑問をぶつけてみた。
――SNSを多用している人たちは、自己肯定感を高めたい、承認欲求を得たい傾向が強いように感じます。そのような人たちがひとり言をどのようにポジティブにもっていけばいいのでしょうか。
加藤 私がひとり言を使いこなせたのは、何かを開発しよう、論文を書こうという明確な理由、目標があったからで、クリエーティブにしていこうとしたからだと思います。感覚を言葉にすることが、一つの手がかりになったわけです。
ところが、SNSに書かれたつぶやきは、反射的なものが多く、言わされたりするケースが見られます。そこには深い闇もある。
ひとり言のようにつぶやいてはいるものの、いわゆるひとり言とは違う脳の働きがあり、私は創造的なひとり言にチャレンジしてほしいと思いますね。
創造的なひとり言とは、自分と向き合う姿勢です。他者に対して攻撃したり、批判したりするものではなく、自分の内面と向き合うことで、どうすればいいのか、こんな考え方があるのではないかと思考を巡らせる。その中でふと、ぶつぶつと出てくる言葉がひとり言なのです。そんな前向きなひとり言に気付く一日が大事だと思います。
――しかし、その前向きにという考え方が、逆にストレスになってしまう危険性はありませんか。
加藤 私はADHDの傾向があって、思ったことをすぐに口に出しやすい。そこで、自分のひとり言を一度プールしておくんです。すると、言葉の選択が鋭くなります。同じ言葉でも、相手によってよりよい言葉や言い方を考える時間を作ることになります。私はこのやり方でコミュニケーションスキルが上がったと感じています。
ブロック以外の選択肢で好循環
――それは内省するための手段としてひとり言があるということでしょうか。
加藤 その通りです。自分のひとり言を意識すれば、ポジティブであると同時に言葉を発する時により正確で、かつ対人関係として良好な選択肢が増えてきます。
――SNSでは嫌な相手だと判断すると、すぐにブロックしてコミュニケーションを遮断してしまうことも見受けられます。
加藤 私の周りにもブロックする人たちはいますし、その気持ちもよく理解できます。脳科学の視点で見ても分かります。なぜなら、彼らはその選択肢しかないからブロックするのです。もし、ひとり言という選択肢が増えれば、短絡的にブロックするということも減らすことになります。
つまり、ひとり言をより大切にしていけば、対人関係の選択肢が増えて好循環が生まれてくるのかなと考えています。
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ひとり言の効用は想像以上のようだ。自分に向き合う〝自己対話型のひとり言〟によって、他者とのコミュニケーション力がアップする。これこそ、承認欲求の満たしや自己肯定感の向上にもつながるものだろう。しかし、ふいに口から出るひとり言はなかなか覚えていられるものではない。加藤さんはどうやって覚えているのだろうか。
加藤 ひとり言は歩いている時とか食事をしている時とか、ふいに口にしてしまうものです。だから、いつでも書き留められるようにノートを持っていて、その言葉をすぐに書くようにしています。それこそ昔は手の甲にメモしたりしていました(笑)。
それを1カ月後、3カ月後、半年後とかに見直して、なぜこんなことをつぶやいたのかと考えます。意味不明のものもたくさんありますが、思い返すことによって言葉がつながって見えてくることがあります。すると、自分の〝脳との会話〟に答えが鮮明に浮き上がってくるのです。
なので私の場合、ひとり言だけではなく、夢もなるべく記録しておきたくて、枕元にもメモできるように筆記用具は準備してあります。しかし、もう少し夢の続きを見たかったと後悔することもあります(笑)。
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作詞家やミュージシャンが、「悩んだ揚げ句、ようやく歌詞が降ってきた」と語ることがある。思いついたフレーズをその場で録音しておくということも。自己対話という脳の働きにおいて、加藤さんが勧めるひとり言と共通している点だろう。ひとり言を否定するのではなく、うまく付き合い、使いこなすことこそが、現代社会を乗り切る一つの方策ではないだろうか。まずは私もひとり言をメモしてみるか。知らんけど(ひとり言)。
(ジャーナリスト 山田厚俊)
脳内科医 加藤俊徳(かとう・としのり)
加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。昭和大客員教授。1961年、新潟県生まれ。91年、昭和大大学院修了。同年、光で脳機能を計測する近赤外線分光法を用いた脳活動計測「fNIRS」法を発見。95~2001年、米ミネソタ大放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像の研究に従事。発達障害と関係する「海馬回旋遅滞症」を発見。著書に『人生がラクになる 脳の練習』(日経ビジネス人文庫)、『一生頭がよくなり続ける すごい脳の使い方』(サンマーク出版)など多数
やまだ・あつとし
1961年、栃木県生まれ。建設業界紙記者、タウン紙記者を経て、95年黒田ジャーナル入社。阪神・淡路大震災取材に従事。主宰する黒田清氏逝去後、大谷昭宏事務所に転籍。2009年からフリー