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大河ドラマ「光る君へ」が10倍楽しくなる ベストセラー作家下重暁子が語る 紫式部より清少納言“推し”の理由

大河ドラマ「光る君へ」(写真提供=NHK)
大河ドラマ「光る君へ」(写真提供=NHK)

 紫式部が主人公の大河ドラマ「光る君へ」(NHK)が放送される中、ベストセラー作家の下重暁子さんが『ひとりになったら、ひとりにふさわしく 私の清少納言考』(草思社)を上梓した。あえて清少納言にスポットを当てた理由やその面白さなどについて伺った。

 紫式部は完全なストーリーテラー

 ちょうど1年ほど前でした。編集者との雑談でNHKが大河ドラマで紫式部をやるという話になった時、私が「紫式部より清少納言の方が好きなのよ」と言ったら、編集者から「それなら下重さんの清少納言考を書いてください」と言われて引くに引けなくなったんです。

 過去2回、清少納言の随筆『枕草子』の原文を読んでいて、改めて読み直す必要があるため、夏休みを利用して軽井沢の山荘で読み始めました。しかし、これが大変。自分なりに解釈しても納得いかない文章が結構あり、2カ月ほどかかりましたね。

 原文へのこだわりは、〝無色透明〟ということか。数々の訳書はあるが、訳者の色(解釈)が出ていて、自分なりの解釈が変わってしまうことを避けたということだ。今回選んだのは、『枕草子(上・下)新潮日本古典集成』(新潮社、清少納言著/萩谷朴校注)だそうで、何度も繰り返し読んだという。理解を深めるその労力は想像に難くない。しかし、覚悟を決めて読み込み、〝完走〟した。その上で下重さんは、清少納言の魅力について、こう語る。

 平安時代は、貴族と平民との身分の差が激しい格差社会でした。大河ドラマでは紫式部も清少納言も貴族社会の下の方に描かれているけれど、本当は清少納言の方がずっと下だった。父は清原元輔という歌人で『百人一首』にも出てくるほど有名な人ですが、いわゆる〝貧乏学者〟だった。

 その中で清少納言は父の影響もあってか、漢文、漢詩が得意だった。父親の友人たちも彼女の才能に喜び、教えたりした。しかし、当時の貴族社会の中で、女性文学は主に仮名(かな)文字でした。『枕草子』も仮名文字ですが、体言止めを多用しています。リズムがあって随筆でありながら詩のような作風は、漢文からの影響によるものでしょう。

 しかも日常の出来事を細かに観察し、自分の意見を素直にストレートに書いている。そんな清少納言を私は、本音で生きている、気持ちのいい女性だと感じています。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと自由に書く。

 一方、紫式部は完全なストーリーテラー。『源氏物語』は、光源氏という男を中心にした恋物語で、さまざまな女性が登場します。小説として実によくできています。しかし、当時の日常茶飯事というか、身近なことは意外と書かれていない。

 フィクションとノンフィクションの違いみたいなもので、私自身は清少納言に親近感を覚え、とても好きですね。

 また、当時は紙がとても貴重な時代でした。紫式部も清少納言も宮中に仕え、紙を大量に入手できたということは、大量に紙を彼女たちに贈ることができた権力者がいたということ。ともかくそのおかげで後世に残る名作が生まれたのです。

 定子との関係表す「香炉峯の雪」

――本書は『枕草子』の解説を数多く掲載してある。たとえば、多用されている「をかし」「いとをかし」から清少納言の美意識を読み解いていたり、動物や草木を用いて人生や社会を描く手法を取り上げたり、四季を通じて彼女の感性を考察するなど、多岐にわたる。中でも〝下重さんお気に入りの一節〟とはどのような一文なのか。

 一番有名なのは、教科書にも載っている「春はあけぼの。……」。春夏秋冬を体言止めで列記したもので、結論を先に書き、その理由を説明しています。当時、他者の作品には見られない非常に優れたものです。

 それを除き、私が好きなのは第242段。

「ただ過ぎに過ぐるもの。

 帆かけたる舟。

 人の齢(よはひ)。

 春・夏・秋・冬。」

 このような短文で、人生の全てを言い尽くしているものはありません。

 続いて、第160段。

「遠くて近きもの。

 極楽。

 船の路(みち)。

 人の仲。」

 第159段「近うて遠きもの。……」の対になっている文ですが、幼くして仏教の教えに親しんできた清少納言の一面が垣間見え、さらに男女の関係も含め、浮き沈みの激しかった彼女の人生がにじみ出ている一文です。

 また、清少納言は雪に関する文が多い。その中でも第280段の香爐峯(かうろほう)の一節。

「雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子(みかうし)まゐりて、

炭櫃(すびつ)に火熾(お)こして、物語りなどして集りさぶらふに、

『少納言よ、香炉峯の雪、いかならん』と仰(おほ)せらるれば、

御格子上げさせて、御簾(みす)を高く揚げたれば、笑はせ給ふ。

人々も、『さる言は知り、歌などにさへ唄(うた)へど、思ひこそよらざりつれ。

なほ、この宮の人には、さべきなめり。』といふ。」

 清少納言が仕えていた一条天皇の后(きさき)(中宮)、定子(ていし)とのやり取りです。定子が漢詩をもとにして「外の雪はどうか」と清少納言にたずねたところ、彼女はその漢文に従い、格子を上げ、すだれを高く巻き上げた。異例の行動、漢詩の才能のひけらかしとの批判もありますが、阿吽(あうん)の呼吸を楽しむ2人の関係性がとてもよく表れています。

 それからもう一つ。第6段の「上に候(さぶら)ふ御猫(おんねこ)は……」は実に深い。

 長いので要約すると、殿上で可愛がられていた猫・命婦(みょうぶ)と犬・翁丸(おうぎまる)がいて、ある日、翁丸が命婦に走りかかりました。命婦は驚いて天皇のところへ逃げ込みました。それに怒った天皇が、翁丸の追放を家臣に言い渡す。翁丸は、家臣たちに叩(たた)きのめされボロボロになった。捨てられ、瀕死(ひんし)の状態の翁丸は、見る影もなく変わり果てた。清少納言が話しかけると、翁丸は涙を流した。それを天皇と定子に話し、翁丸の追放は解かれて元のように可愛がられたという話です。

 単なるエピソードだけではなく、貴族社会の権謀術数を表したものでもあります。宮中でも同じようなことが起きた。力を持った者が力の無い人を叩きのめす権力の恐ろしさを描いているんです。

 一人静かに生きる〝最期の美学〟

――常に批評精神を持つ下重さんならではの視点だ。本書で〈清少納言という女は、常に物事の表面だけでなく裏をも見ている。それでこそ真実が見えてくるというものだ〉と評している一節が全てを表している。下重さんは清少納言に自分を投影しているかのようにも見える。

 第124段で「九月(くぐわち)ばかり、夜一夜(よひとよ)降り明かしつる雨の、……」では、一晩中降っていた雨が止(や)み、朝日がさんさんと射(さ)す様子を書いていて、「搔(か)いたる蜘蛛(くも)の巣の毀(こぼ)れ残りたるに雨のかかりたるが、……」と続いています。

 降り止んだ雨のしずくが、白い玉をつらぬきたるようなるこそ「いみじうあはれに、をかしけれ」と筆を進める。私は、小学生の頃、結核で隔離されて療養していました。戦時中で、奈良県の信貴山(しぎさん)に疎開した時、一番身近な生物がクモでした。その巣の美しさ、獲物を待つ根気強さに惚(ほ)れ惚(ぼ)れしたものです。日本では気味悪く思われがちですが、このような美意識は似ている点かなと感じています。また、清少納言は猫や馬も好きで、そういった好みは私も同じ。

 それ以上に、冷静に自然や動物を観察し、それを人間社会に置き換えられる深い表現力にとても共感を覚えます。

 また、清少納言が描く〝最期の美学〟といえばいいでしょうか、日本古来の美学を感じていて、私もそのように生きたいと感じるようになりました。男性では鴨長明や兼好法師ですね。最小限のものだけでいいという考え方。最近、そう思うようになりました。だから、華やかに死にたいなんて夢にも思わない。私にはふさわしくないですよね。

――清少納言は2度結婚しながらも〈清少納言にとっては、定子というかけがえのない恋人〉と、定子との「つながり」を記している。下重さんの恋愛観、結婚観も含めて伺った。

 当時の女性は、経済的理由ですぐに結婚させられていた。結婚して食べさせてもらうというね。それとともに、精神的な恋愛は別にあった。ちゃんと結婚しても別に好きな男性がいたりした。それはそれで、私はうらやましいと思う(笑)。人の心理って簡単に解決できるものではないし、どうせ最期は一人だというのが私の考え方。現代は、何かと我慢を強いられて嘘で包んでいる。そちらの方がとても窮屈で、不健全のような気がします。

 定子を恋人だと表現したのは、清少納言がそれだけ人柄に惚れ込んだってことです。精神的に惚れ込んだということ。最期まで看取(みと)りたかっただろうし、死んでもそばにいたかったのだと思う。定子は、年下ながら非常に頭が良く、自分のことを大切にしてくれていた。人間的にも非常に優れていた。『枕草子』を読んでいても、一種の恋心が伝わってくるんです。だから、「恋人」って書きました。

 政変で定子のもとを4カ月離れることになり、ようやく戻ったものの定子は第2子を産むとそのまま24歳という若さで亡くなった。清少納言は35歳だった。その後の清少納言について私はよく知りません。ただ、実家に戻って、『枕草子』の完成に心血を注いだことは間違いありません。

 晩年は、定子の墓がある鳥戸山(とりべやま)(鳥戸野陵(とりべののみささぎ))の近くでひっそり暮らしていたようです。外から見たら、寂しい姿かもしれなかったけど、清少納言は一人になった時にどのように生きるのか。自分にふさわしい生き方を自覚していたのではないでしょうか。つまり、それが清少納言の美意識だったように感じます。最小限のものだけで庵(いおり)を結ぶ。鴨長明や兼好法師にも通じる日本人ならではの美意識です。

――最後に、〝清少納言推し〟の下重さんが、大河ドラマ「光る君へ」(NHK)をどのように見ているのかを聞いた。

 毎週、拝見していますよ(笑)。オープニングで、「作・大石静」と出てくるでしょう。史実がベースだったとしても、恋愛もの、男女の関係を描くことに優れている大石さんならではのフィクションとして、とてもうまいドラマですよね。いずれにしろ、古典は読みにくい、苦手だという意識の人も多いと思いますが、難しいという枠に当てはめることはしないでほしい。

 この本は、私が勝手な思い込みで書いたものですが、自由に読めば世界は広がります。ドラマや本書で古典を身近に感じていただけたら嬉(うれ)しい限りです。(ジャーナリスト 山田厚俊)

(注)『枕草子』の漢字およびルビは、下重さんの著書『ひとりになったら、ひとりにふさわしく 私の清少納言考』(草思社)に基づき引用したものです

 しもじゅう・あきこ

 1959年、早稲田大教育学部国語国文学科卒業後、NHK入局。アナウンサーとして活躍後、民放キャスターを経て文筆活動に入る。『家族という病』『極上の孤独』(ともに幻冬舎新書)、『鋼の女 最後の瞽女・小林ハル』(集英社文庫)、『人生「散りぎわ」がおもしろい』(毎日新聞出版)、『結婚しても一人』(光文社新書)など著書多数

 やまだ・あつとし

 1961年、栃木県生まれ。建設業界紙記者、タウン紙記者を経て、95年黒田ジャーナル入社。阪神・淡路大震災取材に従事。主宰する黒田清氏逝去後、大谷昭宏事務所に転籍。2009年からフリー

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