膨らむデータ量と高速通信の需要増大で先行き明るい光半導体市場 津村明宏
高速光通信分野の成長で、レーザーダイオードなど光半導体の需要が増えている。
メモリーやロジックといった数多くの種類がある半導体デバイスの中には、電気を流すと発光する「光半導体」がある。その代表格が、照明や液晶のバックライトなどに多用されている発光ダイオード(LED)と、光通信や光ディスクのデータを読み書きするピックアップなどに活用される半導体レーザーダイオード(LD)である。光半導体は日本の研究者や企業が開発・量産化をけん引してきた歴史があり、中でも青色LEDを世界に先駆けて事業化したことで知られる日亜化学工業は、現在もLED市場で世界最大の売り上げ規模を誇っている。ちなみに、一般的な半導体デバイスはSi(シリコン)で製造されるのに対し、光半導体はGaN(窒化ガリウム)やGaAs(ガリウムひ素)、InP(リン化インジウム)といった化合物半導体を材料にして製造される。
LEDはかつて、液晶バックライト、一般照明、自動車用照明が3大市場といわれたが、いずれも普及が進み、価格もこなれてきたことで、市場成長の新たなけん引役を模索する必要がある。特に近年は、ディスプレー市場で液晶から自発光の有機ELへのシフトが進み、液晶バックライト向けLEDの落ち込みが顕著だ。将来技術として、画素にLEDを用いるマイクロLEDディスプレーが期待されているが、量産化技術の開発がまだ途上であることに加え、先ごろスマートウオッチ用パネルへの搭載を計画していた米アップルが開発を打ち切るという報道が出回り、期待感に冷や水を浴びせた。また、LDも同様で、主力用途であった光ピックアップが光学ドライブの搭載減少で頭打ちとなっており、こちらも新たな成長の種を見いだす必要に迫られていた。
高速通信の微小光源に
そうしたLEDとLDにとって、ともに次世代の有望市場として期待されるのが「光通信」である。光通信では、既に大陸間、国家間、都市間をつなぐ中長距離の光ファイバー網が世界中で整備されてきているが、膨らみ続けるデータ通信量をさらに高速に処理するため、近年はデータセンター間あるいはデータセンター内、さらには、そこに実装される機器内、その中のデバイス間やデバイス内さえも光通信で高速化してしまおうという研究開発や取り組みが世界中で加速しており、その微小光源としての役割がLED、LDに期待されているのだ。
LEDの利用に関しては、まだ研究開発段階だが、微小なマイクロLEDチップを半導体デバイス内の信号のやり取りに活用しようという試みがある。米国のスタートアップ企業であるアビセナテック(米カリフォルニア州)は2023年10月、マイクロLEDベースの16ナノメートル(ナノは10億分の1)FinFET CMOSトランシーバーICを開発した。独自のチップ間光インターコネクト技術「LightBundle」は、GaNマイクロLEDをシリコン製のCMOS ICと統合し、高帯域幅密度や低電力、低遅延を実現できるのが特徴で、これにより将来はAI(人工知能)アプリケーションの低遅延化や帯域幅密度の向上などに貢献できると考えている。24年3月には、生成AIの社会実装によってデータセンター内で多用されているGPU(グラフィック・プロセッシング・ユニット、画像処理回路)とHBM(広帯域幅メモリー)をより高速に接続できるチップレット対応技術を開発し、25年後半にプロトタイプを出荷すると発表した。
LDに関しては、LEDよりも早くデータセンター向け需要が市場を押し上げ始めている。データセンターでは現在、100Gbps(毎秒100ギガビット)のLDを4個搭載した400Gbps対応の光トランシーバーが採用されているが、動画配信サービスの普及や情報のクラウド化によるデータ通信量の爆発的増加に対応するため、間もなく200GbpsのLDを搭載した800Gbpsまたは1.6Tbps(毎秒1.6テラビット)の光トランシーバーの採用が始まる見通しだ。これを実現することができる光デバイスとして、LDと光変調器をワンチップ化したEML(電界吸収型光変調器集積レーザーダイオード)の需要が急激に高まっているのだ。
IOWNにも期待
EML市場で存在感を高めているのが三菱電機である。同社は23年末までにEMLで累計3000万個の出荷実績があり、24年から200Gbps対応EMLチップの量産を開始する予定だ。同社のLD事業は、15年度時点で光ファイバー通信向けが売り上げの約6割を占めていたが、22年度にはデータセンター向けが約6割と逆転し、時代の要請に応じて事業ポートフォリオを柔軟にシフトしてきた。現在、需要の急激な立ち上がりに備えて、22年度までにEMLのウエハープロセスおよび後工程の生産能力を2倍に引き上げたほか、24年度は生産能力をさらに1.5倍に高める投資を手当てしている。25~27年には200GbpsのEMLを用いた1.6Tbps、28~30年には400GbpsのEMLによる3.2Tbpsへと通信の高速化が進むとみており、これらに対応していく方針だ。
次世代光通信をめぐっては、NTTがすべてを光でつなぐ低消費電力光ネットワーク「IOWN(アイオン)」構想を提唱し、ソニーおよび米インテルとこれを研究するためのIOWNグローバルフォーラムを設立し、そこにトヨタ自動車や米マイクロソフト、韓国サムスン電子らが参画して「光電融合」の実現を目指している。経済産業省も24年1月にNTTらの光電融合技術の開発に450億円を拠出して支援することを表明しており、将来は北海道千歳市で半導体工場の建設を進めているラピダスでカスタムチップを製造することも視野に入れている。光半導体市場には、これから従来以上に強い光が当たりそうだ。
(津村明宏〈つむら・あきひろ〉電子デバイス産業新聞特別編集委員)
週刊エコノミスト2024年5月14日・5月21日合併号掲載
電子デバイスの今/79 通信で成長を見込む光半導体 データ増加と高速処理に対応=津村明宏