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感染力強い「はしか」再び 日本で根絶したはずなのに海外から〝輸入〟される事態

強い感染力から身を守るにはワクチン接種が有効
強い感染力から身を守るにはワクチン接種が有効

「生涯免疫」のため、一度感染すれば2度は感染しない「麻疹(はしか)」だが、感染すれば命に関わる事態も招きかねない。今年になって国内で患者が発見される事態となり、動向が注視されている。

◇発熱、咳、鼻水から肺炎や中耳炎、脳炎の合併症に至ることも!

 GWや夏休みの海外旅行、仕事などで海外へ行くことは、グローバル社会では珍しくはない。しかし、諸外国では日本と異なる感染症が流行していることがある。欧州では、1000人に1人が亡くなるといわれる「麻疹」の患者数が、昨年、一昨年と比べて30倍以上に急増。東南アジアでも麻疹の患者数は多い。

 今年2月、アラブ首長国連邦から、同じ航空機で日本へ帰国した20代他の男女6人が、麻疹にかかっていることが判明した。日本は、麻疹の排除国として世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局に2015年3月に認定されて以来、海外からの輸入麻疹に悩まされてきた。

 予防策を講じないで渡航すると、麻疹の感染リスクがある。では、どうすればよいのか。日本小児科学会予防接種・感染症対策委員会委員長などを兼務する神奈川県衛生研究所の多屋馨子(けいこ)所長に話を聞いた。

◇空気感染で拡散

 そもそも麻疹は、麻疹ウイルスに感染することで10~12日の潜伏期間を経て発症する。38度以上の発熱、咳(せき)、鼻水、全身の発疹が特徴で、肺炎や中耳炎、脳炎などを合併することもある。麻疹ウイルスに対する有効な治療薬はなく、症状を抑える対症療法と自然治癒力で克服するしかないため、先進国であってもおよそ1000人に1人の命が奪われているのだ。

「空気感染・飛沫(ひまつ)感染・接触感染の感染ルートで感染し、麻疹ウイルスは非常に感染力が強いといえます。体育館のような大きな空間でも、発症者が1人いれば、全員に麻疹ウイルスが行き渡るようなイメージです。唯一の予防法は、ワクチン接種しかありません」(多屋所長/以下同)

 麻疹は一度感染すると生涯免疫で2度は感染しない。とはいえ、感染すれば命に関わる事態も招きかねない。強い感染力を持つ麻疹から身を守るには、ワクチン接種が有効だ。

 欧州では、20~21年は麻疹の患者数は減少したが、22年には増加に転じた。その背景にあるのが、新型コロナウイルス感染症の流行である。外出を控え、他人との接触を避けた結果、麻疹の患者数も減ったと考えられる。22年に増加したのは、コロナの自粛明けが進んだからだ。そして、もうひとつ大きな問題があった。コロナ自粛期間中の麻疹のワクチン接種率の低下だ。

「コロナ自粛で外出を控えたため、子どもたちのワクチンの定期接種率も下がりました。結果として、コロナ自粛明けに人との交流が再開され、麻疹の患者数が急増しているのです」

◇大人も注意が必要、抗体検査の受診を

 日本での麻疹ワクチンの定期接種は、1歳のときに1回目、小学校入学前に2回目と定められている。

「22年度の報告では、1歳時の麻疹の定期予防接種を受けていないお子さんが約3万8000人いました。日本は現在、麻疹排除国ですが、海外から持ち込まれて流行したときに、予防接種を受けていないお子さんは危険です。定期接種を受け忘れてしまった場合は、かかりつけの小児科医へ相談してください」

 小学校に上がる前の麻疹2回目のワクチン接種率(22年度)は、1回目のワクチン接種率よりもさらに低い(厚生労働省「麻しん風しん予防接種の実施状況〈令和4年度・22~23年〉」)。1回だけでは、5%程度の人には免疫がつかない(東京都感染症情報センター)ことに加え、免疫が減衰してくることもあるので2回接種が重要になる。2回目のワクチン接種を受けていない子どもは、当然のことながら感染リスクは上がる。それは、子どもに限ったことではない。

「日本で麻疹の定期予防接種が始まったのは1978年10月です。69年から現在使われている生ワクチンによる任意接種がスタートしていますが、接種率は低い。ワクチン接種もしておらず、麻疹にかかった経験がなければ、大人でも感染リスクは高いといえます」

 78年10月開始の麻疹の定期予防接種は1~5歳が対象。つまり、現在51歳くらいまでの人は、麻疹の定期予防接種の対象だったといえる。自分がワクチン接種をしたかどうかは、「母子健康手帳」で確認を。

「麻疹の定期予防接種対象外の50代以上は、麻疹に感染した経験を持っている方がほとんどだと思います。ワクチンも接種せず、麻疹が流行した状況で日常生活を送り、感染していないというのは、麻疹の感染力からすると考えにくいのです」

 予防接種の有無や麻疹にかかった記憶があいまいで、海外旅行などの渡航を計画している場合は、自宅や職場近くの医療機関で、麻疹の抗体検査を受けるのが得策。抗体価が低いときには、「MRワクチン」(麻疹・風疹混合ワクチン)を接種した上で、渡航することがなによりといえる。

「麻疹の抗体検査を受ける人で、風疹の抗体検査のクーポン対象者(2024年度中に45~62歳になる男性)は、ぜひ風疹の抗体検査も一緒に受けてください。対象の方は風疹の抗体検査を無料で受けることができます(麻疹の抗体検査は有料)」

◇帰国後の症状も注意

 麻疹から身を守るために欠かせないワクチンだが、最近、地域によっては供給量が少なくなっている。クリニックによっては、定期接種すらも予約を受け付けられない状況だった。厚労省の通達で4月以降の安定供給の徹底が求められているが、地域によってはしばらく品不足が続く可能性がある。

「麻疹のワクチンは、子どもたちの定期予防接種が優先されます。そのため、大人はまず抗体検査を受けて、ご自身の抗体価を確かめましょう」

 麻疹にかかった記憶もなく、予防接種も受けないまま渡航し、帰国後に咳や発熱などの症状に見舞われたときには、受診する前に医療機関へ電話で相談することが大切。仮に麻疹にかかっていて、公共の場に出てしまうと、他人への感染を広げてしまうことがあるからだ。

「予防接種がまだの小さなお子さんも、医療機関にはいる可能性があります。帰国後に症状が出たときには、必ず電話をしてから受診するようにしましょう。そして、ぜひご自身の麻疹の抗体の有無を知ったうえで、必要に応じてワクチン接種を活用し、予防してから海外渡航はしていただきたいと思います」と多屋所長は呼びかける。(医療ジャーナリスト・安達純子)

<サンデー毎日6月9日号(5月28日発売)より>

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