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「自民党解体論」保守改革の旗手、田中秀征・元経済企画庁長官の憂国 倉重篤郎

田中秀征・元経済企画庁長官
田中秀征・元経済企画庁長官

 深まる政治不信は自民党不信でもある。裏金事件への責任感の低さ、人材払底感など、その劣化は如実と思われる。50年前、動乱の政界を刺し貫いた田中秀征『自民党解体論』が、まさにいま復刻された。保守改革を貫いてきた田中氏が、「深い憂国」と「改革への構想」を語る。

◇若手に告ぐ―湛山に学び「単騎出陣」せよ

 この日本政治の閉塞(へいそく)感、どこから来るか。最大の背景は、自民党という政権与党の如何(いかん)ともしがたい劣化ではないか。

 一つは、問題解決能力の低下だ。裏金事件への対応がまともにできない。実態調査ができない。その不正の始まり、経過、本当に違法性の認識はなかったのか、いったんやめることになっていたのになぜ再開したのか、肝心要の点で国民を納得させる説明がいまだにできない。責任も取れない。これだけ組織ぐるみの背信行為を重ねながら責任者が進退を決しない。抜本的対策も講じられない。政治資金規正法改正案を提出したものの、連立相手の公明党すら乗れない代物だ。

 二つに、政策立案能力の衰退だ。岸田文雄政権は、外交・安保では防衛費倍増、敵基地攻撃能力保有、日米両軍の指揮統制一体化、エネルギー政策では老朽原発再稼働といった新機軸を打ち出したが、前者は外務省出身の秋葉剛男国家安全保障局長ら日米同盟派と米国のジャパンハンドの共作シナリオに乗っただけであり、後者は経産事務次官だった嶋田隆・首相首席秘書官らによる原発復活作戦に沿って進められた。力の強い役所の言いなりで、宏池会政治継承者としての見識や、政治家ならではの大局判断が全く見えない。

 三つに、この党の人材先細りである。三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)という創業者たちがいなくなり、首相の子どもや孫が重用される世襲政治の罠(わな)にはまったままである。安倍(晋三元首相)1強政治によるモラル低下(森友、加計(かけ)、桜を見る会問題)や、政策の行き過ぎ(異次元金融緩和の超長期化)を批判し、真っ当な代案を提起する者はなく、衆院3補選全敗の岸田首相の責任を問う者すら出ない。「ポスト岸田」本命の不在ぶりを見るにつけ「人材雲の如(ごと)し」どころか「人材枯渇」という惨状が露呈している。

 この自民党の行き詰まり打開には、もはや思い切った解体的出直ししかないのではないか。岸田首相も「解体的な出直しを図り、信頼回復に向けた取り組みを進めなければならない」との認識を見せた(1月31日の衆院本会議答弁)のに、言行不一致が続いている。

 今回田中秀征・元経企庁長官に登場いただくのは以下の理由がある。何よりも田中氏は、半世紀前の1974年、『自民党解体論―責任勢力の再建のために』という書を世に問い、政権政党としての自民党の構造と体質を徹底的に分析、同党が企業との癒着、世襲化、惰性の政治、構造的凋落(ちょうらく)から抜け出るには解体的再生しかないとして、新人、若手に自民党解体の斧(おの)になれと訴えた人物である。その指摘のほとんどが今の自民党に当てはまるとして、4月にそのままのタイトル、中身で新装復刻(旬報社刊)されている。

◇根本にあるのはリーダー不在論

 田中氏は93年には自民党を離党、新党さきがけの理論的指導者として細川護熙(もりひろ)非自民、村山富市自社さ、という二つの連立政権の中枢に位置し、外から自民党に体質改善を求めてもきた。理論、実践両面で自民党と真正面から向き合ってきた氏が岸田政権の置かれた現状をどう見るか?

「国民世論とのミスマッチがある。政治資金規正法改正案を自民単独で出したが、一般の人は関心ない。中身の不十分さもさることながら、裏金問題の実態が未解明だ、という人が90%台だ。調査してないからどうせろくなことはできないと見られている。岸田氏が党首としてどう責任を取るかという関心事に対しても回答がない。ざわざわしていて、何をやってんだかという感じだ。そこが岸田氏も自民党もわからない」

 執行部の危機感不足?

「こういうことになると、執行部というより一人一人の問題になる。次の選挙で当選できるかどうか、自分だけでも何とか切り抜けたいと思うものだ」

 どうすれば良かった?

「簡単なことだ。党の責任で自民議員全体にアンケート調査することだ。第一に、『裏金問題を知っていたか否か』、第二に、知っていたとすれば『その違法性を認識していたか否か』、第三に『それに関与していたか否か』。もし違法性を認識していなかったと回答した人がいれば、次の選挙では落選だ。国会議員なのに法律も読めない、となる」

 自民も調査したが、違法性の認識は聞いていない。

「正攻法の攻め方をすべきだ。それを皆知りたい。有権者は、自分の選挙区の自民議員しか見てない。全員を調べて公表すればいい。党の処分とは別に、事実関係を詳(つまび)らかにして、有権者に判断を委ねればいい。自民党が調査しないなら、メディアがやるべきだった」

 その他やるべきことは?

「政治資金の『出』の規制だ。今議論されているのは『入り』の規制ばかりだ。政治資金名目で集めながら一体何に使っているのか。使途をもっときちんと調べ、必要ないものは落としていく。例えば、会食費だ。膨大な額を使っている。この際政治資金をきちんと定義づけ、政治資金による会食は違法とすべきではないか。会食費は自分の所得から出すか、会費制にする。会食費と慶弔電報をやめるだけでも大変な効果だ」

 企業・団体献金、今回バッサリやめてしまう手も?

「自民党には本当に困ることだが、それをやらなければ政権明け渡しというところまできている」

 50年前の著作では「自民党という衣服は、政治資金という一本の糸だけで縫い合わされている。この糸に異変が起きれば、さしもの巨大な衣服も一挙に解体を余儀なくされてしまう」と書いている。企業・団体献金の禁止はまさに自民党解体につながるのでは?

「当時と違うのは、政党助成金や政策秘書制度が導入されるなど、政治家の立法活動を支援する周辺体制が整備されたことだ。政治資金が少なくてもやっていける体制になっている」

 金だけが問題ではない?

「政治家はもっと清潔にしろという民意はあるが、今回はそれで済む話ではない。根本にあるのはリーダー不在論だ。政権与党を張っているのに、時務を果たせる優れた指導者が出てこない。それに対する国民の不満と怒りが今の低支持率につながっている」

「岸田政権の支持率調査を見ると、不支持理由の中の『他にいい人がいるから』という回答が極端に低い。直近では産経が1・8%、読売が2・0%だ。要するに岸田氏に代わる人がいない。政党では野党第1党の立憲民主党の支持率がなお1桁だ。現政権にとって代われる人もいなければ、党もない、というところまできている。その深刻さに国民が気付いた。パーティー券購入の公開上限額への関心より、人材不信が根底にある。ユーラシア大陸に習近平、プーチン、金正恩(キム・ジョンウン)がおり、太平洋側にトランプが出てこようとしている。専制主義的指導者に囲まれた難しい時代に人材の底がついたらどうするんだと」

◇改革者は同調者を当てにして待つな

 清潔さより実力というと田中角栄氏が思い浮かぶ。

「角さんが許されるのは、ある意味それに見合う仕事をしたということだ。あの時代に、新幹線・高速道路網など全国的な産業関連社会資本を整備した。ゴリ押ししてあそこまでやったのはやはり角さんの功績だったと、宮澤喜一さんも認めていた。一方、宮澤さんの仕事は、緑地、公園、上下水道、住宅といった生活関連の社会資本の立ち遅れ対策だった。角さんと宮澤さんの仕事は、ある意味表裏一体で、いずれも自民党が誇る貴重な人材だった」

 ここでなぜ人材が払底?

「選び方に問題がある。自民党政治家が引退すると子どもを後継に出す。世襲批判があっても公募という形で選ばれたことにする。当選可能性で選ぶし、政党支部の役員は皆親の子分だからそれで決まってしまう。そのからくりを選挙民は見ている。私に言わせれば、優れた人物に道を開けない政治が罷(まか)り通っている」

 小選挙区制のせい?

「まさにそこだ。簡単に言うと、人を選ぶことができなくなってしまった。政党には致命的だ。私は自分の希望で無所属で出た人間だが、現制度ではそれはできない。その結果、年々世襲化が進み、政治家が家業の様相を呈している。近年著しい日本の多面的な劣化は、政治家の世襲による人材の劣化と無縁ではない」

 制度をまた変える?

「中選挙区連記制というのが選択肢の一つだ。複数定数の中選挙区に戻し、1票制ではなく、複数名の連記を許す。例えば定数5の選挙区では、2票投じることができる。有権者の多様な志向や価値観に対応し、人材の多様性が確保される。投票率も上がるだろう」

 全国比例との案も?

「衆院選比例区の現行11ブロック体制を全国比例一本化にする。30年前の制度改革論議の中で、当初僕が政府案として用意したのは、小選挙区250、全国比例250という組み合わせだった。その250・250案は衆院では通ったが、参院では否決され、政治折衝で小選挙区300・比例代表200に変わり、比例代表は全国比例ではなく北海道から九州まで11ブロック別に分割されてしまった」

「母数が250あり全国比例であれば、ある特定の課題解決のための政治勢力を作りやすくなる。有権者の1割がそのシングルイシュー政党に投票すれば比例だけで25人の当選者を作れる。5%でも12人だ。脱原発など特定の政策課題を背負った政党が連立政権の一翼を担うことで、政策が大きく動くこともありえた」

 異なった政界再編にも?

「少数政党を大事にして、それを基礎にボトムアップ的に連立や合従連衡が行われていく中で、2大政党みたいなものに収斂(しゅうれん)していくというコースだ。小選挙区にして無理やり2大政党に作りかえる、というのは腐った羊羹(ようかん)を二つに割るようなことになりかねない」

 リーダー育成が鍵か?

「そこに石橋湛山が出てくる。『代議政治の要諦は、その政治機関(議会および政府)に優秀なる人物を得ることである。一人のキリストあれば人類は思想的に救われる。一人のグラッドストーン(英国自由党の重鎮。ディズレーリと並び2大政党による英議会政治の基礎を築き、4度も首相に選出)出れば人民は政治的に解放される』(1920年、『東洋経済新報』)と書いた。議会政治は優れたリーダーを選ぶためにあるという話だ。代議制のルーツは王様の専横を止めるブレーキ役だが、人間社会は放っておくと世襲になりがちで、それ以上に大事なのは指導者を選ぶことだ。その意味で日本の代議制はうまく機能してこなかった」

「湛山に学ぶべきもう一つは、単騎出陣を厭(いと)わないところだろう。とにかく独りで走り始める。いや、独りでも走り始める。改革者は、同調者を当てにして、じっと待っていたりはしない。時務に臨んで、単騎出陣する志士によって新しい時代の扉は開かれる」

◇歴史認識なしでは戦争に反対できない

 どう単騎出陣する?

「理想的なのは、自民党に入らない。あるいは自民党を単騎もしくは集団で抜ける。当選したら自民党に乗り込んで改革していく、というスタイルだ。その流れができたら必ず解党的出直しになる。できるだけフリーハンドを維持する。いざという時に、既成勢力の縛りなしにことを起こせる。そういう人材が数人いたら政治も大きく変わる」

 1993年にどう学ぶ?

「僕が一人でも自民党を出ようと決意した年だ」

 宮澤喜一政権だ。佐川急便事件で政局混迷下だった。

「せっかく期待していた宮澤政権ができたのに、スキャンダルの火の粉を払うので手一杯で、政策が前に進まなくなった。僕の政治人生で最も大きな決断だった。宮澤さんに『自民党という古い家が音を立てて壊れています。新しい家を建てましょう』と言った」

 首相に新党勧めた?

「宮澤さんは腕を組みながら最後は小さな声でこう言った。『僕も古い家の住人なんだな』とね」

 あの時自民党を離党して作った新党さきがけの理念は、憲法尊重、非戦、歴史認識重視だった。

「構造汚職にまみれた中、このまま全体が沈んでいくより、一人でも宏池会の旗をもって自民党を飛び出るという意識だった。歴史認識も憲法観も大事だった」

 今なら何が大事?

「そういう意味では同じだ。日本が過去に間違ったことをしたという歴史認識がなければ世界における発言力はない。ウクライナ、台湾侵攻に反対することもできない」

   ◇   ◇

 今この局面で岸田首相に「新しい家を建てましょう」と言う者ありや。単騎出陣する者は? マーク・トウェインは「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」と言った。どんな韻があり得るのか。<サンデー毎日6月9日号(5月28日発売)より>

■たなか・しゅうせい

 1940年、長野県生まれ。元経企庁長官。83年衆院初当選。93年新党さきがけを結成し代表代行に。細川政権の首相特別補佐など歴任。著書に『自民党本流と保守本流』ほか、近著に『小選挙区制の弊害』

■くらしげ・あつろう

 1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

サンデー毎日6月9日号
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