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和田春樹と「日朝国交交渉30年検証会議」が緊急提言 いまこそ日朝国交樹立を  倉重篤郎のニュース最前線

拉致被害者家族会の横田拓也代表(左から3人目)から今後の運動方針を受け取る岸田首相(同2人目)。同5人目は横田早紀江さん=首相官邸で3月4日
拉致被害者家族会の横田拓也代表(左から3人目)から今後の運動方針を受け取る岸田首相(同2人目)。同5人目は横田早紀江さん=首相官邸で3月4日

岸田政権最後の活路 安倍3原則を捨て、拉致問題を解決せよ

 裏金事件に関与した安倍派解体への動きが加速している。日朝関係・拉致問題を、ナショナリズム喚起のために利用してきた安倍的手法は、もはや終わるべきだろう。和田春樹東京大名誉教授が、岸田政権、そして国民に、あり得べき新たな日朝関係への展望を問いかける。

北側報告書に基づき拉致被害者の生死詳細検証を/拉致被害死者には賠償請求を

正常化は、オバマの米・キューバ国交樹立に倣え/めぐみさんの骨壺に歯が入っていたという新証言

 安倍1強の呪縛があちこちで解(ほど)け始めた。

 裏金事件の発覚、東京地検特捜部の捜査に端を発した安倍派解体の動きがその一つだ。手ぬるいとの批判はあるものの、検事総長人事にまで介入していた驕(おご)りが一転、100人近い最大派閥が恣(ほしいまま)にしていた権勢は今は昔となった。二つに日銀によるマイナス金利の解除である。アベノミクスの中軸的政策であった異次元金融緩和も11年にしてようやくピリオドが打たれた。今後はその負の側面がクローズアップされるだろう。故安倍晋三元首相が2012年の第2次政権でスタートし、築き上げてきた政策体系、統治システムの見直しが静かに進みつつある。

 外交政策でもそうだ。

「北朝鮮による日本人拉致問題」解決、日朝国交正常化でも、新しい動きが出ている。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏が3月25日の談話で、岸田文雄首相が「早期に国務委員長(金総書記)と直接会いたいという意向を我々に伝えてきた」ことを明らかにした。金与正氏は2月にも、拉致問題を「解決済み」と扱うことを条件に「首相が平壌(ピョンヤン)を訪問する日が来る可能性もある」との談話を出していた。3月26日には林芳正官房長官の通り一遍のコメントに苛立(いらだ)ちを見せ、それなら交渉しないぞと第三談話も出すという熱心さだ。

 日本側も平仄(ひょうそく)を合わせ、林官房長官が「拉致問題が解決済みとの主張は受け入れられない」との言い回しを引っ込め、「日朝間の諸懸案の解決に向けた政府の方針は繰り返し説明してきた通りだ」と応答した。

 岸田氏の日朝関係打開への意欲は、昨年9月の国連総会演説で公式に表明された。曰(いわ)く、「日朝平壌宣言に基づき、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して、日朝国交正常化の実現を目指すという方針は不変です。共に新しい時代を切り開いていくという観点から、条件を付けずにいつでも金正恩委員長に直接向き合うとの決意を伝え、首脳会談を早期に実現すべく、私直轄のハイレベルで協議を行っていきたいと思っています」。昨年3、5月には、日朝関係者が秘密裏接触、政府高官の平壌派遣案も話し合われた、という。

 日朝交渉の水面下で何が動いているのか。安倍、菅義偉政権時代は、拉致被害者は「全員生きて奪還」が大原則だった。北側が2002年9月の小泉純一郎元首相訪朝以来一貫している5人生存、8人死亡との主張を門前払い、被害者の生死の確定という基本作業に着手することもなく、ひたすら対北強硬姿勢を吹かすことで、それを政権の追い風として政治的に利用してきた。小泉再訪朝以来20年、拉致問題は一ミリも動かず、関係者は次々に鬼籍に入っていった。

 岸田政権はそれとは別のボールを投げているのか。その中身はまだわからない。ただ、小泉訪朝の二番煎じは望むべきではないし、望めない。この間の時間の浪費を念頭に被害者の生死に向き合わねばならないし、核保有国を相手に新たな交渉に臨まなくてはならない。前任者たちの失態の責任を負うつもりで、身を低くしてこの問題の最終解決を目指し、核、ミサイル問題をもセットに国交正常化までの道程を睨(にら)んだ戦略的交渉を展開すべきだ。

北朝鮮金正恩朝鮮労働党総書記
北朝鮮金正恩朝鮮労働党総書記

北朝鮮に「共に」と呼びかけた岸田首相

 時あたかも、在野でこの問題を追い続けてきた和田春樹東京大名誉教授と「日朝国交交渉30年検証会議」のメンバーが『北朝鮮拉致問題の解決 膠着を破る鍵とは何か』(岩波書店、3月)を出版、日本政府公認の拉致被害者17人について、そのプロフィル、拉致状況、現況を詳細に検証、横田めぐみさんを巡る新証言を明らかにすると共に安倍路線の根本的転換を求めている。和田氏と話し合った。

 日朝の応酬どうみる?

「国連総会での岸田演説を聞いて、僕はおやっと思った。それまでは安倍、菅時代の言い回しをそのまま使っていたが、北朝鮮に対して制裁をかけている国連という場で、その制裁対象者に対し『共に新しい時代をつくろう』と呼びかけた。北側もそれを好感した。1月の能登地震への金正恩総書記名による岸田氏への異例の見舞い電が届き、金与正氏の数次にわたる談話となった。明らかに正恩氏の意向を代弁している」

 それぞれ狙いは何か?

「岸田氏側は政権が落ち目となり、外交で新しい方向性を出して人気を上げたい気持ちがあったのだろう。米国の了解も取り付けているのではないか。米国は、対中軍事抑止力の強化さえしてくれれば、日朝についてはある程度フリーハンドを与えてもいいと判断しているのかもしれない」

「北側は、昨年8月のワシントン近郊、キャンプデービッドでの日米韓首脳会談で対北朝鮮、中国軍事包囲網強化が確認された後は、米国、韓国とは対立的だが、日本とは関係正常化の可能性があると見ている。日本は02年の日朝平壌宣言で過去の植民地支配に対し謝罪しており、謝罪に基づく経済協力なら受け入れるというのが北の考えだ」

「そもそも金日成(キム・イルソン)が1991年、冷戦崩壊によるソ連との関係悪化で孤立した時、この危機乗り切りのため、一つはソ連が与えてくれていた核の傘に代えて自力で核武装すること、もう一つは日本との国交回復により経済協力を得ること。この二つの方策の推進を決めた。孫まで3代かけて核の方はできた。ただ、核だけでは飯は食えない。もう一つの方策も何とか進めよう。そういう考え方だ。だから、安倍・菅時代はその厳しい姿勢にも文句を言わず、ほとんど批判もしなかった。日本の状況変化を待っていた。そして岸田氏が出てきた。当初は安倍路線継承と思っていたが、国連総会の発言を見て脈あり、と思うようになったのだ」

 双方に動機ありだ。

「日朝国交正常化交渉の歴史からすると、第三のチャンスに見える。第一は、1990年の金丸信自民党元幹事長、田辺誠社会党副委員長の訪朝(早期に国交関係樹立を目指すとした自民、社会、朝鮮労働党3党共同宣言を発表)、第二は、2002年の小泉訪朝(5人の被害者が帰国。国交正常化早期実現のため、あらゆる努力を傾注するとの日朝平壌宣言を調印)だ。僕は岸田氏に期待してなかったが、ここまでくると、ひょっとするという感じもある」

 交渉する際何が重要か?

「日朝関係は今完全に対立状態で交渉自体が9年以上止まっている。であるならば、行き詰まりをもたらした対処方針を転換しなければならない。解決の道を閉ざしているのは安倍3原則と言われるものだ」

 ①拉致問題は我が国の最重要課題

 ②拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし

 ③拉致被害者が全員生存しているとの前提に立って、すべての拉致被害者の生還を強く求める――というのが安倍3原則だ。安倍氏が06年9月第1次政権誕生後所信表明演説で述べたことが定式化、国策化された。これをどう転換する?

和田春樹
和田春樹

政府は被害者死亡情報は抑えている

「①については、北朝鮮が核武装した今、むしろ北朝鮮と平和善隣関係を作ることこそ『わが国の重要課題の第一』であり『拉致問題は重要課題の一つ』と改める。②は『拉致問題の解決は日朝国交正常化交渉の過程で実現できる』としていた小泉外交路線に戻す」

「特に③が大きな障害を作り出している。『これ以上待てない。全拉致被害者の即時一括帰国を実現せよ』という『救う会』『家族会』のスローガンも同じだ。③もまた小泉路線に戻し、『生存している拉致被害者、生きていることがわかった被害者は帰国させよ』と要求することに改め、『死亡と通知された被害者については、死の状況の説得的な説明を求める』ことを基本として交渉を行う」

「北朝鮮が、死んだ者を生き返らせるのは不可能だ、とするのに対し、実は全員生きており、北側が嘘をついている、というのが安倍路線だ。袋小路を脱するためには、まずは、安倍政権時代に受け取りを拒否した第三次調査報告書を受け取りたい、再手交してほしいと北側に求めることだ」

 拉致被害者の状況調査は小泉政権下の02年の第一次、04年の第二次、そして安倍政権下の14年5月のストックホルム合意(日本人妻、亡命者を含めたすべての在朝日本人を調査)に基づく第三次調査があるが、8人死亡、2人未入境との北側主張は変わらなかった。ただ、第三次報告書には田中実氏という人物の生存が新たに加わったが、日本側は「それ以外に新しい内容がなかったので受け取らなかった」(当時、外務事務次官だった斎木昭隆氏のインタビューを朝日新聞デジタルが22年9月17日報道)という。

「新しい第三次報告書を受け取ったら、10人の生死についてどれほど新しい説明が加えられているか詳細に検証する。調査をこれ以上求めるのは無理だと判断すれば、北側報告の結論を暫定的に受け入れ、拉致被害者の死については北朝鮮国家が全責任を取るよう要求し、拉致被害死者に対する賠償を求め、金額と支払時期について交渉する」

 今回出版された本の中には、拉致事件をめぐる新しい情報も入っている。その一つが、1987年11月29日の大韓航空機爆破事件後に実行犯だった金賢姫(キム・ヒョンヒ)が逮捕され、拉致被害者である日本人女性李恩恵(リ・ウネ)から日本人化教育を受けたと自供した翌88年、金正日(キム・ジョンイル)より「拉致してきた日本人を殺せ」との指令が下された、との情報だ。「蓮池薫夫妻、地村保志夫妻は、指導員たちが必死に守ってくれて処刑を免れたが、他の人はどうなっているのかわからない」と書かれている。検証会議のメンバーでもある日本テレビ報道局総合ニュースセンター主任・福澤真由美記者の取材によるものだ。

「この情報は、全体状況判定の上では、極めて重要だ。政府側が隠しているとすれば問題だと思う」

 もう一つは、2004年11月、藪中三十二・外務省アジア太洋州局長が訪朝し横田めぐみさんのカルテと遺骨を受け取ったが、持ち帰った骨壺(こつつぼ)には、焼かれた骨以外に歯も入っていた、との情報だ。福澤記者の取材に藪中調査団のメンバーが明らかにしたもので、その歯はカルテにある歯のデータと符合したともいう。

「歯の話もこれまで出ていなかった。公式文書ではカルテの中身も出されていない。要するに、政府はいろんな情報を持っているがまだ出してない。特に、被害者死亡につながる情報は抑えている、との印象だ」

岸田首相よ、拉致解決が政権の活路だ

 国交回復交渉は?

「拉致問題と並行して行うことだ。ただ、目下、日朝関係は断絶、交渉は行われていない。新たな拉致問題の交渉は、日朝国交交渉の再開を待たなければ進められない、と僕は思う。ただ、国交樹立の条件として、経済協力の形態、規模、方法などについて合意できなければ正常化に踏み切れない、ということになると、いつまた対立状態に戻ってしまうかわからない」

「そこで提案だ。日朝平壌宣言が生きていることは両国が認めている。同宣言に基づき思い切って、北朝鮮と国交を樹立、互いに大使を交換したうえで、拉致問題の交渉、核・ミサイル、安全保障、過去の植民地支配に対する償いとしての経済協力に関する交渉を東京と平壌の大使館で開始するのが現実的ではないか。オバマ米元大統領が2014年、キューバとの国交樹立の後に関係正常化交渉を開始するという逆転の発想を取ったのに倣うのも一案だ」

 拉致でいえば、小泉訪朝時は「5人生存」のカードがあったが、今回はとてもそれを望める状況にない。

「北側によると、田中実さんの生存情報があるだけだ。それも日本に帰りたくないと言っている、と聞く。それでも岸田首相の役割はある。広島出身の政治家として、外交交渉により北の核の脅威を減じる。話し合いで不使用を約束させる。1億2000万人の国民の命を守ることだ。米朝戦争になれば、北は保有兵器を何でも使う。在日米軍基地に核が使われるだろう。米中露は生き残るが、北朝鮮、日本、韓国は滅びる。この地域では今や絶対に戦争を起こしてはならない」

「キューバ方式のメリットとして、ただちに人道支援や地域文化交流ができるようになる。広島、長崎の原爆展を北朝鮮国内で実施し、核兵器がいかに恐ろしいかをわかってもらいたい。米国が投下した原爆によって日本人と在日朝鮮人が被爆した。その歴史的事実を朝鮮の市民にはっきり知ってもらう。このことの意味は小さくない」

   ◇   ◇

 和田氏の渾身(こんしん)提言如何(いかが)か。三度目の正直ではないが、安倍路線の転換を明確にし、日朝平壌宣言に立ち戻り、国交正常化交渉の中で拉致、核、補償問題を包括的に解決する好機ともいえる。この20年の不作為の壁を破ることだ。それが政権生き残りの活路であろう。


 わだ・はるき

 1938年生まれ。東京大名誉教授。ロシア史、朝鮮史研究。日朝現代史からの視点で、拉致問題の解決策を提言してきた。著書に『日露戦争―起源と開戦』『北朝鮮現代史』ほか

 くらしげ・あつろう

 1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

サンデー毎日4月21日号表紙(表紙=板垣李光人)
サンデー毎日4月21日号表紙(表紙=板垣李光人)

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