リフレ派経済学を根本的に書き換える一冊 評者・服部茂幸
『財政・金融政策の転換点 日本経済の再生プラン』
著者 飯田泰之(明治大学教授)
中公新書 924円
2000年代に完成した「新・新古典派総合」理論では、経済の安定化は金融政策の役割であり、財政は抑制的に運用されるべきだとされていた。ところが、08年の金融危機後、非伝統的な金融政策が行われたものの経済の回復は思わしくない。それを踏まえて、金融政策の限界と財政政策の重要性が認識されるようになってきたと本書はいう。けれども、「金融政策はインフレには効くが、デフレには効かない」というのが評者の恩師・伊東光晴の持論だった。反対に新・新古典派総合に盲従し、「金融政策でデフレ脱却は必ずできる」と言い続けていたのがリフレ派だったことを本書は書いていない。
インフレ・ターゲットや量的緩和政策などの非伝統的な金融政策は、金融緩和が長期に及ぶという予想を作り出すことによって長期金利を引き下げる政策だという。けれども、物価上昇率を引き上げるためには、自然利子率(物価上昇率を一定に保つ利子率→景気に緩和的でもなく、引き締め的でもない中立的な名目利子率)よりも利子率が低くなければならない。だから、自然利子率がマイナスの時には金融政策ではデフレ脱却はできない。そのため、非伝統的な金融政策は、10年か20年のサイクルで好景気が訪れ、自然利子率が正になるチャンスを待つための政策だと本書は指摘する。
これが驚くべき主張であるのは、リフレ派理論を完全否定しているからである。金利がゼロでも金融政策はインフレ予想を高め、実質金利を引き下げられるというのがリフレ派の主張だった。インフレ・ターゲットと量的緩和はそのための手段だった。「黒田日銀」は、当初2年で2%の物価上昇を実現すると言い、副総裁に就任した岩田規久男氏は達成できなかった時には言い訳をせず、責任を取ると豪語していた。反対に金融政策は重要だが、これだけでは日本のデフレは脱却できないと言っていたのが、リフレ派が批判していた白川方明元総裁までの日銀だった。
本書は“小野理論”に好意的に言及する。すなわち、貨幣に対する流動性選好が高い状況では、貨幣を増やしても実物への需要が拡大せず、恒常的に需要不足が起きるのである。一つの重要な示唆として、金融資産への需要は旺盛となり、デフレ不況と資産価格バブルが同時に生じることを本書は挙げている。これは重要な指摘だと評者は考えるが、小野理論は反リフレ派の理論である。
リフレ派が言ってきたことと反対のことを書き、リフレ派が間違っていたと書かないのが本書である。
(服部茂幸・同志社大学教授)
いいだ・やすゆき 1975年生まれ。東京大学経済学部卒業後、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。明治大学政治経済学部准教授等を経て2022年より現職。著書に『日本史で学ぶ「貨幣と経済」』など。
週刊エコノミスト2024年6月4日号掲載
『財政・金融政策の転換点 日本経済の再生プラン』 評者・服部茂幸