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教養・歴史 書評

積極財政でも軍拡に歯止め 圧倒的文章力で描くコレキヨの人間像 評者・井堀利宏

『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯(上・下)』

著者 板谷敏彦(作家)

新潮社 上下巻、各2750円

 高橋是清は、近代日本を代表する財政・金融の実務家であり、日本銀行総裁、首相、大蔵大臣などを歴任したが、2.26事件(1936年)で暗殺された。本書は、膨大な資料と関係者のインタビューを踏まえて、多くの重要人物とのかかわりを中心に是清の生涯を丹念に紹介することで、日銀や大蔵省の誕生とその発展、欧米強国に学ぼうとする先人の努力、戦争に突き進む軍部との相克など、この時代の日本経済社会の雰囲気を生き生きと描写している。

 本書は『週刊エコノミスト』で2018年7月~22年12月、全217回にわたって連載された「コレキヨ 小説 高橋是清」を加筆修正した。是清自身、少年時代にアメリカに渡航して英語を習得するとともに、酒豪で宴会好きでもあって人脈作りに長(た)けており、アメリカの金融実務家とも親交を結んだ。彼の人的ネットワークのすごさには圧倒される。

 この評伝のハイライトは、日露戦争での外債調達と金輸出再禁止後の積極財政だろう。日本は日露戦争で外国債を発行して資金調達をする必要があった。ヨーロッパ諸国の投資家は、日本の勝算を低いと見込んでおり、有利な条件でお金は集まらなかった。しかし、是清が豊富な人脈と実務的な金融ノウハウを駆使したことで、日本は大きな金額を借りることに成功した。

 第一次世界大戦で金本位制は停止していたが、1930年1月、日本は旧平価(金輸出禁止前の相場)で金本位制に復帰した。そして外国為替相場を安定させて輸出が増大することを期待したが、金本位制のもとで金は外国に流出し、国内通貨量が減少、金融引き締めで不況が深刻化してしまう。そこで、31年12月、蔵相に復帰した是清は金輸出再禁止を断行し、円の対ドルレートを実態に合わせて切り下げ、公債を増発し、軍事費や公共事業費を増やす景気回復策をとった。それにより昭和恐慌から脱出できた。

 こうした積極財政は軍拡へつながったという批判もある。しかし、本書は均衡財政至上主義ではなく、経済を活性化させて中長期の視点で財政均衡を図るという現実的な是清の政策を評価する。軍事費の拡張にも精いっぱいの歯止めをかけようと苦労した是清の振る舞いを圧倒的な文章力で描いており、当時の厳しい国内・国際情勢という制約下では次善の政策だったと納得させられる。

 今日、財政状況が厳しい中、財政・金融の面でも改革すべき課題は山積している。本書で描かれる是清の生きざまから学ぶものは多い。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


いたや・としひこ 1955年生まれ。関西学院大学経済学部卒業後、石川島播磨重工業(現IHI)を経て日興証券へ。ニューヨーク駐在、機関投資家営業の後、みずほ証券などに勤務。著書に『日露戦争、資金調達の戦い』『金融の世界史』など。


週刊エコノミスト2024年6月25日号掲載

『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯(上・下)』 評者・井堀利宏

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