日本の半導体産業の“希望の星”TSMC 奇跡的な成功の歩みを細密描写 評者・田代秀敏
『TSMC 世界を動かすヒミツ』
著者 林宏文(経済ジャーナリスト) 監修 野嶋剛/訳者 牧髙光里
CCCメディアハウス 2970円
TSMC(台湾積体電路製造)は2021年に半導体の受託製造の世界シェアの53%を占め、7ナノメートル以降の先端プロセスのほぼ100%を独占した。
TSMCが熊本に建設する二つの工場に、日本政府は最大1兆2080億円を補助すると宣言した通り、TSMCは日本の半導体産業にとっても「希望の星」である。
そのTSMCを1994年から30年にわたり取材してきた台湾のジャーナリストが、TSMCの奇跡的な成功の秘密を微に入り細に入り明らかにしようとする本書は、半導体分野に限らず全ての分野のビジネスで参考になる事例が満載である。
TSMCは典型的な「ビジネスモデルのイノベーション」企業である。TSMCの収益が高いのは、この優れたビジネスモデルのおかげである。これは「技術革新」という不適切な訳語に呪縛されてしまった日本では受け入れ難いだろうが、そう喝破したのは他ならぬ創業者の張忠謀(モリス・チャン)である。
本書は、米国帰りの張忠謀がTSMCのビジネスモデルを変幻自在にイノベートしてきた歴史を、さまざまな切り口から詳細に描いていく。
TSMCの創業は、日米半導体協定が締結され日本の半導体産業が衰退への道を歩み出した翌年であり、空前絶後のバブル景気が始まった年である1987年であった。
張忠謀が日本の半導体企業の凋落(ちょうらく)を反面教師としたことは想像に難くないが、そう明記した箇所はない。
しかし張忠謀を観察してきた著者は「撤退の潮時と、損切りのタイミングを知ることこそが、経営の道である」と断言する。
また「ものづくり」に倫理的価値を与える日本では拒絶されるだろうが、「TSMCはもはや単なる顧客のバーチャル工場でもなければ製造業でもなく、根本的にサービス業に変貌している」と明記している。
TSMC創業の13年前の1974年に、台湾に住んだことがなかった米国帰りの技術者である潘文淵が提案した「集積回路計画草案」を台湾政府が即決で丸のみし実施したことも鮮やかに描かれている。その延長にTSMCの成功があった。
TSMCと同じく最先端半導体の受託生産を目指すラピダスには、国費9200億円が投じられると報じられている。しかしラピダスは本書が描くTSMCと対照的である。
ラピダスを本当に成功させたいのなら、関係者全員が本書を熟読玩味し、ラピダスのビジネスモデルを根本から見直すことが先決だろう。
(田代秀敏・infinity チーフエコノミスト)
リン・ホンウェン ハイテク・バイオ業界の取材に長年携わり、現在はラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍。『恵普人才学(ヒューレット・パッカードの人材学)』『商業大鰐SAMSUNG(ビジネスの大物サムスン)』などの著作がある。
週刊エコノミスト2024年7月2日号掲載
『TSMC 世界を動かすヒミツ』 評者・田代秀敏