数千年の金利史を顧みる意欲作ながら、筆者の過度な低金利批判が残念 平山賢一
『金利 「時間の価格」の物語』
著者 エドワード・チャンセラー(金融ジャーナリスト) 訳者 松本剛史
日経BP 4400円
「金利のある世界」に戻ってきた日本。その金利の位置づけを改めて探るために、金利の歴史を読み解いてみたいと思う向きは多いのではないか。本書は、金利の本質に迫ろうと、数千年の歴史を顧みる意欲作であるだけに、読者の期待は高まるだろう。
このニーズに応えるべく前半では、金利史の知見が隙間(すきま)なく詰め込まれ、2%以下の金利が歴史的にも低過ぎる事実を明らかにしていく。2020年には、2000兆円以上の債券利回りがマイナスに沈み込んでいた世界は、歴史的にも異常だったのが確認できよう。経済理論をこねまわす難易度の高い学術書や、出来事の説明に終始する現代解説書は多いが、この歴史的知見を得られただけでも本書を手に取る価値は高い。
一方、残念なのは、後半である。賛否はあろうが、いわゆるBISビュー(BIS=国際決済銀行による、資産バブルを未然防止する考え)のバイアスが強くかもし出され、歴史解釈の多様性が損なわれているからである。この思考バイアスは、国際決済銀行のエコノミストたちによる「デフレ対策としての金融緩和が金融面での不均衡をもたらし、より深いデフレに至る」との考えに基づくもので、過度な低金利を否定するものである。
四半世紀にわたり中央銀行は、直面する金融危機に対して過剰に反応し、金融緩和を進めて問題の先延ばしをしてきたのは確かである。しかし、そのお陰で1930年代のような大恐慌が回避されたわけではない。と、書いてしまうとそれはそれで違和感が残る。低金利批判の根拠として、金利史を利用しすぎている臭みを強く感じてしまうのは、評者だけであろうか。
「金利というものはきわめて複雑なテーマだ」と著者自身が記しているように、虚心坦懐(たんかい)に、歴史の事実を積み上げていくならば、このこだわりを解消できるように思えてならない。たとえば、19世紀の英国では、長期にわたり低金利が続くものの、信用の暴走を許し、長期的な経済のパフォーマンスを損ねたわけではなかったはずだ。歴史解釈の難しさは、自己の理屈を正当化するために、部分的事例をつまみ食いする誘惑に駆られることであるだけに、本書の内容にかかわらず、自らの教訓としたいところではある。
最後に、追記で記された「デジタル金本位制」という発想については、非常に興味深く、歴史と未来の結節点にもなりうるため、これからの深掘りを期待したい。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
Edward Chancellor 英ケンブリッジ大学トリニティカレッジで歴史学を学び、オックスフォード大学で啓蒙思想史の研究により修士号取得。現在はBreakingviews.comのコラムニストを務める。邦訳のある著書に『新訳 バブルの歴史』。
週刊エコノミスト2024年7月9日号掲載
『金利 「時間の価格」の物語』 評者・平山賢一