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日本会議のロビー活動でつぶれた女性天皇議論  成城大教授・森暢平

◇社会学的皇室ウォッチング!/127 これでいいのか「旧宮家養子案」―第29弾―

 小泉純一郎首相(当時)の諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之元東大総長らメンバー10人)は2005年11月24日、女性・女系天皇容認を柱とした報告書を首相に提出した。これをつぶしたのは、大衆動員や政界へのロビー活動を繰り広げた保守系組織「日本会議」である。(一部敬称略)

 小泉政権のもと皇室典範改正への動きがはっきりみえたのは2004年末だった。『毎日新聞』(12月1日)は、有識者への諮問を経て、改正案が国会に提出されると報じた。この日、愛子さまは3歳となった。皇位継承者となるかどうか、早いうちから決めた方がいいのはもちろんだ。05年には紀宮さま(現・黒田清子(さやこ))の結婚も予定され、女性皇族の皇籍離脱に歯止めをかける必要もあった。

「皇室典範に関する有識者会議」が初会合を開いたのは05年1月25日。秋までに結論を出すことが目指された。強く反応したのは、日本会議である。実は、同会議に関係の深い論客は02年から「皇室典範問題研究会」を立ち上げていた。東大名誉教授小堀桂一郎(代表)、拓殖大前総長小田村四郎、高崎経済大助教授八木秀次(肩書は当時)らである。研究会は05年1月10日、「男系男子による皇位継承は不動の原則である」とした男系維持の提言をまとめていた。「浅薄」な女性天皇容認案で法案の取りまとめを急ぐ有識者会議を牽制(けんせい)したのである。研究会は、有識者会議の結論が出る直前である10月6日、衆院議員会館で緊急記者会見を開く。小田村は「旧宮家の復帰の問題の方が急ぎの問題」と訴えた。

 それでも有識者会議は粛々と結論を出した。女性・女系天皇を容認する報告書が提出され、これを受け12月1日、内閣官房に「皇室典範改正準備室」が立ち上がる。06年1月20日から始まる通常国会に皇室典範改正案を提出する準備が始まる。

◇武道館を埋めた1万人の動員力

 これに対し、日本会議の反対が激化していく。活動が最も盛り上がりを見せたのは2006年3月7日、日本武道館で「皇室の伝統を守る一万人大会」が開かれたときである。主催者発表で1万300人が出席した。実は、日本会議は、保守的な政策実現を目指すとき、この種の動員をしばしば行っている。動員が簡単に行えるのは、日本会議に参加する宗教組織の存在が指摘できよう。日本会議には、神社本庁のほか、新興宗教の幹部が関係し、大衆動員は容易だ。こういった宗教組織の一部は保守思想に共鳴する議員の選挙を陰で支え、日本会議の影響力の源泉となっている。

 その力をテコに日本会議は、政界へのロビー活動を活発に行った。そして、「日本会議国会議員懇談会」(代表・平沼赳夫、会員242人=当時)は05年11月1日、総会で「皇室典範改正は慎重に」という決議を採択する。総会に出席した議員本人は45人であった。決議は、短期の審議によって千数百年の長きにわたって続いた皇位継承法が変更されることに危機感を示し、「国民の理解を超える拙速さ」を糾弾した。懇談会はさらに旧宮家の皇籍復帰を認める時限立法の検討を始める。

 懇談会代表の平沼は、05年7月の郵政民営化法案の採決の際、小泉の方針に反し、民営化に反対の票を投じたひとりである。同年9月の衆院選では自民党の公認を得られず、自力で当選した。その平沼が党外から仕掛ける典範改正反対運動。対峙(たいじ)する小泉は強気の姿勢を崩さず、典範改正の採決では党議拘束をかけると「脅し」をかけた。皇室典範改正問題が、郵政政局の再現を予想させたのである。

◇典範改正が政局に 民主党もバラバラ

 実は小泉は2006年9月での退任を明言していた。ポスト小泉の候補は麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、安倍晋三の4人であり、名前の一文字ずつをとって「麻垣康三」と呼ばれた。保守系イデオロギーに基づく反対だけでなく、各派閥、各アクターの思惑からの反対も増えていった。前述した武道館での「皇室の伝統を守る一万人大会」への国会議員参加者は86人までに膨れ上がる。

 こうしたなか小泉を支えるはずの自民党有力者の間にも不協和音が見えてくる。総務会長の久間章生(きゅうまふみお)は1月13日、記者団に対し、「党内で相当、議論しなければいけないだろう」「急な話にはならないのではないか」と、早期の典範改正に疑問を投げ掛けた。信念に基づいた発言というより、政権末期の小泉と距離を取る姿勢を見せたのである。

 民主党の動きも興味深い。国対委員長だった野田佳彦は1月25日、「煮詰まった議論で方向性が見えてきた時に決めるべきだ」と述べ、国会での典範議論に慎重な考えを示した。民主党は選挙公約で女性天皇実現を掲げていたはずだが、「拙速」批判をする一部自民党議員と共振してしまった。民主党内保守派の元法相中井洽(ひろし)、元文相西岡武夫らも「皇室典範改正を慎重に考える会」をつくり、活動する動きを見せた。前年、代表が岡田克也から前原誠司に交代し、党内には小沢一郎との距離をめぐり対立は顕在化していた。自民党と同じく、民主党もバラバラであった。

 皇位継承をめぐり、喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が交わされるのは、悪いことではない。その意味では、静謐(せいひつ)という名目で議論を封じる今のやり方よりは健全であったとの見方もできよう。しかし、当時の議論は、与野党ともに政局への思惑が絡みすぎ、皇室典範問題がまさに政争の具と化していた。

 そこに、ロビー活動で政界への影響を強める日本会議の存在によって、女性・女系天皇に反対する声が日に日に目立ってくる。そして06年2月7日、秋篠宮紀子さまの懐妊報道、9月6日の悠仁さま誕生により、典範改正の動きは止まってしまう。

 旧宮家養子案の実現を目指す保守派は今、「静謐な環境のもとでの議論を」「皇室を政争の具とするな」と主張する。しかし、小泉政権当時はそれとは反対の手法、すなわち政治力や大衆動員力を使って、女性・女系天皇阻止に動いていたのである。(以下次号)

■もり・ようへい 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

サンデー毎日0922-29合併号表紙_高橋文哉
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