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「皇位継承」またも先送り 責任は額賀、岸田にあり 成城大教授・森暢平
◇社会学的皇室ウォッチング!/124 これでいいのか「旧宮家養子案」―第26弾―
国会における皇位継承議論は頓挫した。小泉純一郎内閣の2005年、野田佳彦内閣の12年に続き3度目の挫折である。失敗の原因は、問題の本質を理解しないまま自らの功名心のために暴走した衆院議長の額賀福志郎と、再選戦略のために「皇位継承」を利用したが、このほど退陣表明した首相の岸田文雄にある。(一部敬称略)
5月に始まった与野党協議を主導した衆院議長額賀は8月7日、各党各会派への意見聴取が終了したのを機に記者会見し、「できるだけ早く結論を得たい」と述べたが、唇寒しである。
額賀は6月12日、地元『茨城新聞』の単独取材に応じ、「(皇位継承は)党利党略ではない。日本の国家の在り方の根幹に触れる問題。各党派には、純粋な気持ちで将来に思いをはせながら、今やらなければならないことを考えてほしい」と述べた。奇麗事(きれいごと)である。問題の本質を理解していないこともよく分かる。
皇位継承問題が決着しないのは、家族観をめぐる対立が背景にある。リベラル派は、男尊女卑の因習の残滓(ざんし)である男子継承を変えることによって、家族のあり方の多様性を反映した新しい皇室に変わるよう求める。一方、伝統的な家族観の崩壊に危機感を募らせる保守派は、選択的夫婦別姓導入に反対するのと同じ論理で男系継承維持を主張する。意見の乖離(かいり)は党利党略に基づくものではない。現代社会をどう見るかという社会観の相違に行き着く。額賀は、対立の歴史的な意味さえ理解していない節がある。
今回の議論は、上皇さまの退位を決めた特例法成立の際、両院が付帯決議をしたこと(17年6月)まで遡(さかのぼ)る。決議は、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等」について、まずは政府が検討するように求めた。
自民党は4年間、これを放置した。女性宮家など認めたくなかったためだ。菅義偉政権となった21年3月、ようやく有識者会議が立ち上がった。同年12月に出された最終報告書は、①女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する②旧宮家にあたる元皇族の男系子孫を養子縁組によって皇族に復帰させる――の2案を提案した。
◇女系継承を阻止する保守派向け「装置」
①案は、自民党があたかも「女性宮家」を認めたようにも見える。しかし、まやかしであった。皇室に残る女性皇族の夫や子は皇族としないという仕掛けが仕込んであったためである。愛子さまのような女性皇族が天皇になることを排除したうえで、女系となるその子どもが皇位に就かないようにする保守派向けの「安全装置」付きなのである。
有識者会議は、問題を「皇位継承者の確保」から「皇族数の確保」へとすり替えたうえ、女性には、皇位継承権を持つ男性の活動を補完する役割しか与えないとした。これは②案、すなわち旧宮家復帰案を通すための目眩(めくら)ましである。
こんな案をリベラル派が認めるはずがない。ところが、自民党は見誤った。昨年11月、幹事長代理の木原誠二は、「論点はそんなに多岐にわたるものではない」と述べ、24年上半期にも結論を出すと胸を張った。額賀も、この安易な見立てに乗り、昨年12月、各党各会派に、3月末までの意見集約を要請。6月23日の会期末までに「国会の総意」を取りまとめようとした。
当初の額賀プランは、5月17日の第1回全体会議で①案を、5月23日の第2回全体会議で②案を討論し、その後数回議論すれば、「国会の総意」はまとまるというものだった。まったくの甘い見通しである。
案の定、有識者会議の最終報告書の結論を前提として、議論を非公開にする進め方など、額賀の「暴走」に批判が集中した。全体会議を週1回ペースで開く構想そのものが仕切り直しとなった。国権の最高機関がこの体たらくである。
◇「神風」を期待してやる気のない自民
額賀はなお、各党各会派から個別聴取をすると言い張り、6月14日から8月7日までの6回、一通り話を聞いた。もはや「消化試合」であり、実質的な意味は何もない。自民党、公明党は、額賀のパフォーマンスにお付き合いせず、聴取そのものに対応しなかった。もはや、やる気さえ見せなかったのである。
問題先送りのもう一人の「戦犯」は、首相の岸田であろう。岸田は昨年2月26日の党大会で、「安定的な皇位継承を確保する方策への対応も先送りの許されない課題」と唐突に述べた。内閣支持率は低迷し、世論をバックに再選することが難しい情勢のなか、当時の安倍派をはじめとする保守層を繋ぎとめる手段として、皇位継承に取り組むとぶち上げたのだ。
その後、10月26日に発売された保守系の月刊誌『WiLL』(12月号)で、ジャーナリスト櫻井よしこと対談。「一昨年(21年)の総裁選において、旧宮家の男系男子が皇籍に復帰する案も含め、女系天皇以外の方法を検討すべきだと主張しました。そのときの約束を反故(ほご)にすることはありません」と明言した。保守派しか読まない雑誌に登場して、自分は旧宮家養子案に前向きだと大見えを切ったのだが、これほど露骨なパフォーマンスはない。
岸田の心のなかに、この問題への危機感があったとは思えない。再選戦略のひとつとして、党内保守派の歓心を買うために「皇位継承」を利用したにすぎない。党利党略でなく、個利個略である。取り組みは口先だけで、具体的に指示を出すなどのリーダーシップは何も発揮しなかった。そして今回の退陣表明である。
愛子さまは22歳、佳子さまは29歳で、これ以上の先延ばしは本当に許されない。しかし、政治家に危機感はない。「いま高校3年生の悠仁さまが早めに結婚して男児が生まれれば、党内に波風を立ててまで皇位継承問題に取り組む必要はなくなる」――。そんな「神風論」を真剣に語る自民党議員さえいる。
政治の無作為により、皇室は歴史上、最大の危機に瀕(ひん)している。重要な舵(かじ)取り役を果たさなかった額賀と岸田は無責任との誹(そし)りを免れることはできない。<サンデー毎日9月1日号(8月20日発売)より。以下次号>
■もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など