週刊エコノミスト Online サンデー毎日
「詐欺」はウイルスのように変異する—その恐るべき手口と、最新型への対策 久田将義
◇地上げ、ヤミ金、オレオレ詐欺からAIを駆使した多言語国際詐欺の時代へ
昨年、フィリピンを拠点とする特殊詐欺犯が実行犯を遠隔操作して日本全国で起こした連続強盗「ルフィ事件」は私たちを驚愕させた。詐欺的犯罪はどこから来て、どこに向かうのか? 今後、私たちは身を守れるのか? 時代の暗部を取材してきた久田将義氏が、変異を重ねる特殊詐欺の実態と未来を見極める――。
◇被害例に学ぶよりも変異を認識せよ
交流サイト(SNS)を通じてターゲットに接触し、恋愛感情などを抱かせて金銭を騙(だま)し取る「SNS型ロマンス詐欺」の被害が全国で急増している。
警察庁によると、今年1~4月に確認されたロマンス詐欺の被害総額は84億1000万円で、月平均で21億円に上る。昨年中の被害総額は177億3000万円、月平均の被害額は14億8000万円だったから、1・5倍近くも増えている。
手口は多種多様だ。たとえば写真投稿アプリのインスタグラムに載せた自分の写真に、見知らぬ異性が好意的なコメントをつけ、「どこで撮ったのですか?」などと質問してくる。丁寧に返答してやり取りを重ねていくと、親密さが強まったころに「投資」に話題が及び、「少額ならば」と送金すると……。
ネットで少し検索すれば、こうした被害事例を数多く見つけることができる。
自己防衛のため、こうした情報の収集に励んでいる人も少なくないのではないだろうか。だが、自分を守るためのそうした行動にも、実は大きなリスクが潜んでいる。最近のSNS型ロマンス詐欺の「概(おおむ)ねの傾向」が、架空の投資話で騙す手口であるのは確かなようだが、だからと言って、すべての詐欺師が必ず投資話を持ち出すとは限らないからだ。
たとえば米国やヨーロッパなど、日本から遠く離れた国に住んでいると自称する詐欺師が、「会いに行きたいから」と旅費の援助を求めてくることもあり得る。
インフレと円安の影響も踏まえれば、100万円以上の「旅費」を提示されても、騙されている側は不審に思わず送金してしまうかもしれない。
報道やネットで見つけた事例を反面教師に、「投資話に気をつけろ」と自分に言い聞かせていると、まったく別の手口に引っかかりやすくなる逆効果を生みかねないのだ。だから、詐欺から身を守るための大原則は、他人の被害事例に学ぶことよりも、「詐欺の手口は常に変異している」という現実を、肝に銘じておくことなのだ。
◇ヤミ金業者はどう特殊詐欺に変異したか
過去を振り返れば、カネを目当てとした組織犯罪の手口が、不断に変異を繰り返してきたことがわかる。私は、近刊『特殊詐欺と連続強盗 変異する組織と手口』(文春新書)で、1980~90年代のバブル期以降の犯罪の変異の過程をできる限りリアルに追った。
土地や株が猛烈な値上がりを見せたバブル期において、経済犯罪の主役はヤクザだった。ヤクザは持ち前の組織力と暴力性を武器に、違法な地上げ屋や総会屋として巨額の利益を手にした。しかし、強引すぎるやり方は警察の介入を招き、暴力団対策法(暴対法)の施行などにより活動領域が極端に狭められてしまった。
次に猛威を振るったのは、合法を装うヤミ金融だった。バブル崩壊後の長期不況の中、巷(ちまた)には大量の多重債務者があふれた。金策に窮した人々に、ヤミ金融業者は年利1000%以上もの違法な高金利でカネを貸し付けた。
だが、ヤミ金融の隆盛も長くは続かなかった。警察による摘発が進むとともに、違法な高金利での貸し付けは元金さえも無効とみなす対策が講じられた。たとえば、法定上限を超える金利を条件に5万円を貸し付けたヤミ金融業者は、利息を取れないだけでなく、商売の元手とも言える元金5万円をも失うことになってしまったのだ。
そのような状況下、ヤミ金融からスピンアウトする形で生まれたのが「オレオレ詐欺」だった。当時の様子を、元ヤミ金融業者は次のように説明する。
「当時、債務者の親兄弟などが代わりに借金を返済する『代返し』というのがありました。中には取り立ての電話をかけると、『また息子が借りたんですか』と言って、借用書を見せろとも言わずカネを振り込んでくる人もいました。
そうするうちに、こっちを孫か何かと勘違いする高齢者も出てくる。あちこちからガンガン電話がかかってくるわけで、混乱もするでしょう。『あなた、またおカネを借りてるの?』なんて言われたら、調子を合わせて振り込ませるだけです。そういうやり取りは店の連中がみんな見ているわけで、オレオレ詐欺の手法っていうのは、そうやって自然と共有されていったんじゃないですかね」
警察の摘発などにより追いつめられたヤミ金融業者たちは、かくして一斉に、特殊詐欺へと衣替えした。特殊詐欺が2000年代初めのごく短い期間に爆発的に増えたのは、そのためだったのだ。
◇実行犯を遠隔操作した「ルフィ事件」
こうした歴史からわかるのは、カネ目当ての犯罪に変異をもたらす要素は、大きく二つあるということだ。一つは、その時々の経済情勢である。猛烈な資産インフレが起きたバブル期には、高額な土地や株を転がし、一発で億単位の利益を狙うやり方が主流だった。それに対してバブル崩壊後は、数万円の利息を数十回から数百回も回収しながら、利益を積み上げていく形に転じたのだ。
犯罪に変異を促すもう一つの要素は、当局による規制である。暴対法でヤクザの活動が規制されたら、合法な業者を装ったヤミ金融が跋扈(ばっこ)した。それさえも難しくなると、今度は完全に正体を隠した特殊詐欺が主流になったのである。
そして、そうした素早い変異を可能にしているのが、情報技術(IT)の進化である。ヤミ金融は多重債務者の、特殊詐欺は高齢者の個人情報を入手し、効率よく荒稼ぎしてきた。そうした情報を大量に管理するためには、ITの利用が必須だ。
一方、2022年から23年にかけて全国で相次いだ連続強盗事件――いわゆる「ルフィ事件」は、フィリピンに拠点を置く特殊詐欺犯たちが黒幕だった。彼らはネット上の闇バイト募集で集めた実行犯を遠隔操作することで、自分たちの身の安全をはかっていたのだ。
こうして、ITの活用によりネット上の「匿名空間」に隠れることは、現代の組織犯罪にとって必須の要素になっている。インターネットやスマートフォンがなかった時代のことを考えてみれば、当時と現在の犯罪の態様がいかに激変したかがわかる。当時は自分の正体を隠して他人を遠隔操作するなど、相当な犯罪のプロにとっても想像しにくいことだった。海外の不動産情報を調べ、拠点とするためのオフィスを物色するというのも、簡単なことではなかった。
ところが今や、簡単なアプリやネットを使いこなすことができれば、誰にでも可能になっているのだ。
◇防衛する側もAIを使いこなす必要が
以上を踏まえれば、ネット空間にはびこる詐欺の手口は今後、①現在の経済情勢を反映し②当局の規制がゆるい方向へ③最新ITを利用しながら変異していくはずだ。
しかし、具体的にどんな手口が生まれてくるかを、事前に予測するのは困難だ。それでも、詐欺師たちが人工知能(AI)を積極的に活用してくるのは確実だろう。現状においても、ネット上で無料で使えるAI翻訳ツールの精度は日進月歩で向上している。これがもう少し進化すれば、ネット上の「言語の壁」は存在しないも同然になるに違いない。
われわれは近い将来、多言語を使いこなす「詐欺アバター」の襲来に直面せざるをえなくなるということだ。
その正体を見破るには、防衛する側もAIを使いこなす必要が出てくるかもしれない。難易度が高く感じられようとも、誰でも無料で使えるチャットGPTなどのツールに少しずつ慣れ親しんでおくことで、心理的なハードルを下げておくべきだろう。
(久田将義)
(執筆協力・金賢)
ひさだ・まさよし
1967年、東京都生まれ、横浜市育ち。編集者。『実話ナックルズ』編集長を経て、『選択』『週刊朝日』編集部に在籍、現在はニュースサイト運営。著書に、『関東連合―六本木アウトローの正体』(ちくま新書)、『生身の暴力論』(講談社現代新書)、青木理氏との対談集『僕たちの時代』(小社刊)ほか