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「女性宮家」実現に向けた天皇家からのメッセージ 成城大教授 森暢平

社会学的皇室ウォッチング!/131 ◇これでいいのか「旧宮家養子案」―第33弾―

 2011(平成23)年秋から冬に入るころ、平成の天皇(現在の上皇さま)は、側近を通じて、重大なメッセージを発したと私は考える。皇位継承問題は一旦棚上げし、まずは「女性宮家」を実現してほしいというものだ。こうした天皇家のメッセージは、「『女性宮家』は女系天皇に繋がる」と主張する保守派に潰されてしまった。(一部敬称略)

 11年10月5日、宮内庁長官(当時)、羽毛田(はけた)信吾は、首相官邸を訪れ、民主党政権の首相野田佳彦に対し、「女性宮家」創設の検討が「火急の案件」だと訴えた。内親王が結婚しても皇室に残れるような仕組みの創設が喫緊の課題と伝えたのである。

 この前後から、宮内庁と内閣官房は勉強会を設け、「女性宮家」創設に向けた検討項目の協議を開始した。野田政権は12月14日、皇室典範改正に向け、有識者から意見聴取を行う考えを示した。宮内庁の訴えかけによって、政治が動き始めたのである。

 この直前、4年前まで侍従長であり、当時は宮内庁侍従職御用掛だった渡辺允(まこと)(22年逝去)の著書が密(ひそ)かな注目を集める。12月6日発売の『天皇家の執事』文庫版である。単行本として2年前に発売された書籍が文庫化された。文庫版には、最後に6ページ分の加筆部分、「皇室の将来を考える―文庫版のための後書き」という小文があった。

 このなかで渡辺は、平成の天皇は10年以上、皇位継承問題で真剣に悩み続け、夜、眠れないこともあったと明かす。これは、いったい何を指すのだろうか。

 おそらく、皇太子ご夫妻(現在の天皇ご夫妻)がなかなか子宝に恵まれず、結婚8年後に授かったお子さまが、現行皇室典範では継承が認められない内親王であったことが、天皇の悩みの源泉にあったのではないか。思い起こすに、羽毛田の前任、湯浅利夫は03年6月10日、皇太子ご夫妻の第2子への期待について「はっきり言って一方ほしい」と発言している。同年12月11日にも、「皇室の繁栄を考えると、(秋篠宮家には)3人目を強く希望したい」と述べた。

 妊娠に関する言動は、広義のマタハラ(マタニティーハラスメント)になりかねない。だから湯浅の発言は、デリカシーに欠けるとして批判を浴びた。ただし、発言が、湯浅個人の考えだとは私には思えない。平成の天皇ご自身の思いが反映されていたのではないか。

元侍従長による踏み込んだ提案

 男子に継承を限るシステムは、皇室入りした女性たちに、男子を産むという過酷なプレッシャーを与える。2000年代前半、平成の天皇は悩み、その苦悩が不用意な湯浅の発言に繋がったように思える。

 そして05年、小泉純一郎政権による女性、女系天皇の検討が始まり、結果的にその試みは挫折する。このことについて、渡辺は『天皇家の執事』文庫版で、「我々の世代は、皇位継承の問題について、一旦、国論が分裂する事態を招いて、国民皆が納得する結論を得ることに失敗したわけです。従って、この問題は、将来の世代の人たちに、それぞれの時代に応じて対応していってもらうことに期待する以外にあり得ないと思っています」と率直に述べた。しかし、渡辺は「それとは別の次元」の急いで検討しなければならない問題として、「女性宮家」について提言する。

 渡辺は06年に結婚した紀宮(現在の黒田清子さん)が皇室を離れたことを例にあげ、現行の典範のままでは、いずれ皇室に悠仁さま1人しか残らない事態が出現すると危機感を募らせるのである。

 そのため、内親王が結婚して宮家を立て皇室に残る道をまず確保し、その子どもに皇位継承資格があるかどうかは、「将来の世代が、その時の状況に応じて決めるべき」と提言した。宮内庁侍従職御用掛としてかなり踏み込んだ記述である。

 実はその1年前、渡辺は朝日新聞編集委員、岩井克己のインタビューで同じ趣旨を述べ、岩井から「長年、陛下にお仕えした前侍従長の渡辺さんがおっしゃるということは、陛下もそうしたお気持ちということなのでしょうか」と問われている。答えは、「あくまでも私の個人的な考えです」だった(『週刊朝日』10年12月31日号)。しかし、私は、これを文字通りに受け止めることはできなかった。

 10年は、平成の天皇の「終活」が本格化した年である。7月22日の参与会議で、天皇自身が、退位の希望を表明していたことが分かっている。76歳だった天皇は、引退を睨(にら)みながら、皇位継承問題の重要性を、政治や社会に訴えることを求めていたのではないだろうか。

保守派からの総反撃「宮内庁は憲法違反」

 しかし、宮内庁の動きは、保守派からの総反撃を食らう。例えば、竹田恒泰は次のように言う。「天皇陛下は御即位にあたり日本国憲法を遵守(じゅんしゅ)なさる旨を仰せになった。天皇が政治に介入することは憲法の原則に反するものであり、これまで陛下が政治発言をなさった例は一度もない。その反面、羽毛田長官の発言は天皇を政治利用するものであって、憲法違反の疑いがあるといわねばならない」(『Voice』12年2月号)

 批判は、「『女性宮家』創設は結局、女系継承に繋がる」というものだ。三笠宮家の彬子(あきこ)女王は、「今の議論は女性宮家を創設するかしないかになっているような気がして、そこは違和感があると申しますか……。男系で続いている旧皇族にお戻りいただくとか、現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、他に選択肢もあるのではないかと思います。女性宮家の議論だけが先行しているように感じられます」と述べた(『毎日新聞』12年1月7日)。天皇や内廷にある皇族の発言が限られる一方、男系容認に傾く宮家の女王が自由に発言し、それが皇室の意思のように受け止められた。

 そして、例によって、保守系団体「日本会議」による女性宮家反対の大キャンペーンが開始される。結局、天皇家の意思は、保守派たちの策動によって、なきものにされていったのである。

(以下次号)

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

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