格差是正と経済成長を両立させる「高福祉・高負担」への移行を提案 評者・上川孝夫
『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』
著者 橘木俊詔(京都大学名誉教授) 講談社現代新書 1034円
たちばなき・としあき
1943年生まれ。小樽商科大学、大阪大学大学院を経て、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了(Ph.D)。元日本経済学会会長。著書に『家計から見る日本経済』(石橋湛山賞受賞)など。
わが国の格差問題について論陣を張り、社会に警鐘を鳴らし続けてきた著者の最新作である。未曽有のコロナ禍に続いて、今また物価の高騰が人々を直撃している。さらなる格差の進行も懸念されるが、本書は格差の現実を検証するとともに、その処方箋を示している。
今から約10年前、フランスの経済学者であるトマ・ピケティが著した『21世紀の資本』が世界的なベストセラーとなったことは記録に新しい(原書は2013年)。この本は、特に大金持ち(高所得者、高資産保有者)の存在に注目し、それを格差社会の象徴の一つと捉えたが、ピケティの後継者は、対象国を広げ、納税の実態にも踏み込んだ。アメリカでは大富豪の節税(租税回避行動)や脱税が横行し、所得税の累進性が失われたという。中国、ロシア、インドでも、所得格差の拡大が確認できる。
日本はどうか。高度成長期には所得格差は小さかったが、1990年代から拡大に向かい、今もそれが進行中だと見る。所得の不平等度を表す指標である「ジニ係数」(再分配後所得)は、アメリカほどではないが、他の多くの先進国より高い。「相対的貧困率」(世帯所得が全世帯の中央値の50%に満たない人の割合)も、先進国の中で日本の高さが際立つ。貧困者は高齢者や若年層、女性に多いが、非正規労働者の増加も要因だ。
格差や富と貧困の問題は、資本主義の宿命であり、資本主義が拡大すればするほど深刻になると著者は指摘する。本書では、古典派経済学から現代に至る経済学が、この問題をいかに論じてきたかを概観している。同時に、主要資本主義国の間に存在する、福祉水準や所得再分配政策の違いに着目し、福祉国家が格差是正に貢献していると評価する。
福祉国家になれば、平等性は高まるものの、経済効率性が落ちるとの見方があるが、北欧諸国は福祉国家ながら、日本より経済成長率が高く、国民の幸福度も高い。家族の絆に頼ってきた歴史がある日本では、アメリカ流の自立主義を徹底することは困難で、ヨーロッパ流の福祉国家への道を歩まざるを得ないと予想する。その方向として「中福祉・中負担」から「高福祉・高負担」への漸進的な移行を提案している。
かつて「一億総中流」と言われた日本も、格差社会に入ったと主張されてから四半世紀が経過するという。この状況を是正することなくして、家計消費を拡大し、より高い経済成長率を期待することは難しい。日本社会の再生を考えるうえでも、本書は一読に値する。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
週刊エコノミスト2024年10月15・22日合併号掲載
『資本主義の宿命 経済学は格差とどう向き合ってきたか』 評者・上川孝夫