資源・エネルギー学者が斬る・視点争点

温暖化対策に有効な炭素税=佐藤一光 学者が斬る

    国内の部門別の二酸化炭素排出量
    国内の部門別の二酸化炭素排出量

    一般財源化で成長促進を

     2018年4月17日に閣議決定された第5次環境基本計画では、国際的な気候変動抑制に関する国際的な枠組みである「パリ協定」を背景として、温室効果ガスを13年度比で30年度に26%、50年度には80%削減するという目標を立てている。日本の二酸化炭素排出量は近年減少傾向にあるものの、非常に緩やかなものである(図)。そこで同計画は「このような大幅な排出削減は、従来の取組の延長では実現が困難である」との認識を示し、「我が国及び諸外国においてカーボンプライシングの導入をはじめとした各種施策の実践の蓄積や教訓があることを踏まえ」て施策を推進するとしている。

     カーボンプライシングとは、二酸化炭素排出に対する課税ないし排出量取引によって経済効率的な排出削減を実現することである。日本におけるカーボンプライシングの実践例としては、12年に導入された環境税である「地球温暖化対策のための税」(日本版炭素税)がある。この日本版炭素税の政策効果について評価を行い、今後の政策立案の糧とする必要があろう。

    疑問残る財政効果

     日本において環境税の導入が検討され始めたのは1990年代初頭であり(石弘光『環境税とは何か』岩波新書)、議論の当初には二つの選択肢が示されていた。すなわち、(1)環境税の税収を特定財源化し、環境補助金として活用することで税率を低く抑え、環境税導入への反対を緩和するべきか、(2)税収は使途を定めない一般財源として二重の配当を実現するのか、という二つの可能性である。二重の配当とは、二酸化炭素排出に環境税を課すことで環境改善を実現し(第一の配当)、その税収によって労働や資本に対する課税を引き下げて、経済成長を促す(第二の配当)という考え方である。

     長い年月の議論を経て12年10月に導入された日本版炭素税は、二重の配当を実現する一般財源・高税率型ではなく、環境補助金財源・低税率型での導入となった。導入当初は税率を低く設定し、3段階で税率を上げた。恒久的な税率になった16年度以降で、二酸化炭素排出1トン当たり289円、ガソリンに換算すると1リットル当たり0・76円が化石燃料に課され、約2600億円の税収がエネルギー対策特別会計を通じて、地球温暖化対策のための財源として利用されることとなったのである。

     日本版炭素税の政策効果は導入当初の12年の試算では、20年度の時点で、炭素価格を上昇させる「価格効果」によって176万トン、税収を利用して財政出動する「財源効果」によって最大2175万トンの二酸化炭素排出削減が実現できると推計された。この削減量は排出量がピークであった13年度の約1・9%に相当する。制度が運用され始めてから再び行われた17年の試算では、30年度の時点で、価格効果によって242万トン、財源効果によって5166万トンの二酸化炭素排出削減が実現できると推計されている。削減効果を測る時点が異なるため、両者を単純に比較することはできない。しかし、推計された削減量が倍増した17年の試算においても、排出削減量は13年度の約4%にとどまり、目標には遠く及ばない。

     税率の低さゆえにカーボンプライシングの効果は極めて小さく、政策効果のほとんどが財源効果によるものであることが分かる。もっとも、その財源効果が本当に実現しているのか、今後実現するのかについては慎重に考慮する必要がある。政府の行っている財源効果の算出は、行政事業レビューにおいて、二酸化炭素排出削減量の成果目標値及び再生可能エネルギー・省エネの目標値に、二酸化炭素排出係数を乗じて計算している。財源効果の推計に関して、16年度の予算が30年度まで満額で執行され続け、かつ削減効果目標が100%達成されると想定しているなど下振れ要因があることが留意点として挙げられている。

     行政事業レビューにおける削減目標が実現しているのか精査する必要があるのは言うまでもないが、環境経済学の知見から二つの大きな問題点が指摘できる。

     第一に、排出削減が進めば進むほど排出削減に必要な費用が増大する「限界汚染削減費用逓増」を考慮していないことである。財源を確保し続けたとしても同水準の削減効果を得続けることができるとは限らない。

     第二に、カーボンプライシングは経済効率的な排出削減が可能となる一方で、財源を利用した排出削減は経済効率性を満たさないという問題を無視している。財源を利用した補助金政策は、たとえば燃焼効率の悪いバイオマス発電所が乱立するというケースのように、新たな排出者の市場への参入を促し、むしろ排出量を増やす効果も秘めているからである。

     環境税は、政府が現在行政事業レビューシートで行っているような限界汚染削減費用の試算をする必要はなく、新たな排出者の市場参入ももたらさないという点で補助金政策に対して優位性があると考えられてきた。

    逆進性への対策を

     それでは日本版炭素税の経験から何を学び、今後の政策形成に生かすことができるだろうか。次の3点が重要であると考えられる。

     第一に、財源効果頼みの政策からカーボンプライシングへの回帰である。特に二重の配当を期待できる一般財源化された炭素税が望ましく、目標を実現するための税率は現在の数十倍から100倍以上の水準が必要となってくる。その税収は社会保障の充実や財政赤字の削減に利用することができる。もっとも、課税対象に関しては、炭素税が望ましいか、EC(欧州委員会)提案型の炭素/エネルギー税が望ましいのか、それとも炭素/電力税が望ましいのかについてはさらなる議論が必要であろう。低炭素社会の実現とともにエネルギー効率の改善や、原子力発電の利用の是非も含めて包括的な議論を行う必要があるからである(明日香壽川、朴勝俊『脱「原発・温暖化」の経済学』中央経済社)。

     第二に、その際に必要なのが逆進性対策である。環境税は、課税の対象を所得ではなく汚染とする新しい基準に基づいた租税である。とはいえ、所得が低いほど税負担が重いという極めて逆進性の強い租税でもあり、高い税率を実現するためには再分配対策を並行して行う必要がある。たとえば給付付き税額控除や資本課税の漏えいを防ぐなどの所得税改革によって公平性を確保することが必須となる。

     第三に、企業や産業の国際的な競争力を確保する必要がある。具体的には、輸出される財にかけられた炭素税を生産者に還付し、輸入される財にはその財を生産した際に排出されたと考えられる炭素量に応じて課税する「国境税調整」が有効である。

     30年度の二酸化炭素排出削減目標を実現するためには従来の取り組みの延長ではならないが、日本版炭素税の導入過程のように長い議論をする時間は残されていない。日本や欧州でのこれまでの環境税制の評価を踏まえ、税制のグリーン化に向けた議論を加速させる必要がある。

    (佐藤一光・岩手大学人文社会科学部准教授)


     ■人物略歴

    佐藤一光 岩手大学人文社会科学部准教授
    佐藤一光 岩手大学人文社会科学部准教授

    さとう・かずあき

     1979年滋賀県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒、横浜国立大学大学院修了(経済学修士)、慶応義塾大学大学院修了(経済学博士)。慶応義塾大学経済学部助教、内閣府計量分析室を経て2017年より現職。専門は財政学、環境経済学。


     本欄は、佐藤一光(岩手大学准教授)、溝渕健一(松山大学教授)、渡辺誠(アムステルダム自由大学教授)、澤邉紀生(京都大学教授)、河越正明(日本大学教授)、平田英明(法政大学教授)の6氏が交代で執筆します。

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