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マーケット・金融 特集

「人民元建て」“ペトロダラー”に風穴=柴田明夫 新冷戦とドル・原油・金

石油消費大国になった中国は独自の原油指標を打ち出した(中国石化〈シノペック〉のガソリンスタンド)(Bloomberg)
石油消費大国になった中国は独自の原油指標を打ち出した(中国石化〈シノペック〉のガソリンスタンド)(Bloomberg)

 中国政府は2018年3月、上海市場で原油先物市場を開放し、人民元建ての原油先物取引をスタートさせた。中国が外国人投資家に「コモディティー・デリバティブ(商品先物市場で取引される金融派生商品)」を認めたのは初めてのことだ。

 中国に拠点を持たない海外投資家が、元建ての原油先物取引で得た利益には当面課税しないなど、幅広く海外勢を取り込むための税制優遇も導入している。

 海外の個人投資家に対しても3年間、課税を見送る方針だ。中国はすでに米国を抜いて世界最大の1次エネルギー消費国であり原油輸入国だ。その最大の消費国としての立場から価格形成を巡る影響力を拡大し、「ドル一辺倒」の原油取引に風穴を開けるという狙いが見えてくる。

ドル基軸体制の基盤

 元建てという独自の原油相場市場によって、ニューヨークWTI原油でも北海ブレントでもない、原油の新たなベンチマーク(指標価格)ができることになる。今のところ、中国の先物取引は個人が中心で投機性に富み流動性に欠けるなど、影響は限定的だ。

 しかし、今回の動きは、世界市場で自国通貨人民元の影響力を強めている。長期的には原油決済を米ドルで行う「ペトロダラー」への挑戦であり、米国としては看過できないものである。米国は、ペトロダラーを循環させ続けることで、世界の金融市場における基軸通貨としてのドルの地位を維持してきたからだ。

 米国の戦略地政学の研究家ウィリアム・R・クラークは、国際石油取引上の通貨をドルに一元化することによって国際通貨・金融体制を維持する体制を「ペトロダラーの再循環」体制と呼んだ。米国が冷戦後も唯一の覇権国としての地位を維持しているのは、圧倒的な軍事力とそれを支える経済力ではない。双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)という構造的な不均衡を抱える米国を、長期的にわたり圧倒的優位へと押し上げてきたのは、人為的に計画されたペトロダラー再循環体制である。

図1 ペトロダラーが米国を支えてきた
図1 ペトロダラーが米国を支えてきた

 その仕組みを図1に示した。歴史的には1973年の第1次オイルショック後、米国と英国がサウジアラビアと結んでこの体制がつくられたとも言われる。米国は、71年に金・ドル交換を停止し(ニクソン・ショック)、変動相場制に移行した際、ドルの国際基軸通貨としての地位を維持するために、サウジアラビアに対し原油価格の引き上げを認める一方、あらゆる国が必要とする石油(ペトロ)をドルのみで取引する体制を構築してきた。

 この結果、産油国は多額の石油輸出収入をドルで手に入れることになる。このドル収入が欧米の金融機関を経て米国へと還流し、巨額の貿易赤字など構造的な不均衡を抱えた米国経済を支えてきた。

 ペトロダラーの規模はどれくらいか。石油メジャーの英BP統計によれば、17年の世界の原油生産量は日量9265万バレルであった。年間では338億バレルである。これに17年の平均原油価格(WTI)1バレル=50ドルをかけると、およそ1兆6900億ドルとなる。原油価格が1ドル上昇すると、原油生産市場は338億ドル拡大する計算だ。

図2 OPECの石油収入
図2 OPECの石油収入

 また、生産量の内の半分がドル建てで輸出されると見ると全産油国の石油輸出収入、すなわち「ペトドダラーの規模」は8450億ドルとなる。世界の石油輸出量の4割強は石油輸出国機構(OPEC)であるから、17年のOPECの石油収入は4200億ドル強と推計できる。原油価格が90ドルを超えた11~13年のOPECの石油収入は1兆ドルを超えていた(図2)。

ドルをリスク視

 だが、ペトロダラーに依存している国は、多かれ少なかれ米国による制裁リスクを抱えている。イラクのフセイン大統領が2000年秋、ドル建て原油取引をユーロ建てに乗り換えようとして米国の逆鱗に触れたように、この体制に挑戦する国に対しては、米国は武力行使をも辞さないというのが国際社会における暗黙の理解であった。

 03年のイラク戦争前には、ロシア、イラン、インドネシア、ベネズエラでもこうした動きが見られた。しかし、イラク戦争は「ペトロダラーからペトロユーロへの乗り換えは許さない」という米国の意思を示すものとなった。1997年のアジア通貨危機を契機に、日本がアジア通貨基金構想を打ち出した際にも、米国は強固に反対した。ドルから一定の距離を置いた通貨圏がアジアにできるのを警戒したとの見方がある。

 今回、中国が人民元建て原油取引を始動させたことは、50年に向けた「人民元の国際基軸通貨化」を目指した戦略の一環とも受け取れる。

図3 中国の石油需給
図3 中国の石油需給

 中国の原油輸入量は、17年の日量894万バレルから18年1月には過去最高の同957万バレルに達した。OPEC統計によれば、中国国内の石油消費量が日量1270万バレルを超え、19年には同1300万バレルに達する見通しである(図3)。

 これに対し、大慶、勝利、遼河の3大油田の老朽化などから国内の産油量は同400万バレルを下回り頭打ち傾向にある。必然的に輸入を拡大せざるを得ない。BP統計より中国への主な原油輸出国・地域を見ると、17年の原油輸入量4億2210万トン(バレル/日量換算では808万バレル)となる。このうち、主要な輸入先はサウジアラビア、ロシア、イランでそれぞれ14~15%のシェアを持つ(表)。

中国の主な原油の輸入先(2017年)
中国の主な原油の輸入先(2017年)

 シェールオイルの増産もあって米国からの輸入も急増しているものの、その比率は1・8%に過ぎない。こうした中、ロシアはすでに中国にドルを介さず原油輸出し、米国の制裁を受けるイランも人民元建てで輸出可能とした。最近では、インドネシアも人民元建てで輸出を検討するとの報道もある。

 中国の習近平主席とロシア・プーチン大統領は今年6月、両国の「戦略的協力関係」を新たな段階に引き上げることで合意した。エネルギー面では、中国石油天然ガス集団(ペトロチャイナ)とロシア国営ガスプロムが、ロシア「東ルート」からの年380億立方メートルの天然ガスを輸入する。西シベリア─モンゴルを経由する「西ルート」も実現すれば、合計600億立方メートルに達することになる。背景には、中長期的にも急増する中国のエネルギー需要がある。

 一方、トランプ米大統領は今年8月、イラン核合意離脱(5月)を受けて対イラン制裁の一部を発動した。また、11月5日には、原油、石油製品、エネルギー産業はじめ海運、金融・保険を標的にした「2次的制裁」に乗り出した。

 だが、市場には米国のイラン制裁が再開されても、同国からの原油輸出量はそれほど減少しないとの見方もある。中国はじめインド、トルコなどは人民元建てでの輸入が増えると見られるためだ。ちなみに、中国外務省は「イランは友好国であり、エネルギー協力を含め非難されるいわれはない」と表明。即座にイラン産原油禁輸要請を拒否している。

内向き米国の隙を突く中国

 原油市場では、14年秋に価格が暴落して以降、「価格低迷」→「産油国の財政悪化」→「協調減産への動き」→「油価上昇」→「米シェールオイル増産観測」→「油価押し下げ」といった構図にあった。

 供給過剰が容易に解消できない中、WTI原油は、17年前半までは1バレル=50ドルを挟む不安定な展開が続いた。「市場シェアを重視するために増産を続け、消耗戦により米シェールオイル生産企業を潰す」という当初のサウジの思惑は、完全に当てが外れた格好となった。

 確かに、米国で08年に顕在化したシェール革命は、今や米国をエネルギーで自立するばかりでなく輸出可能な国へと変えつつあり、中東地域に関与する誘因が薄れている。しかしそのことは、中国にとっては、経済圏構想「一帯一路」の沿線国を中心に人民元建て石油取引すなわち、ドルに代わる基軸通貨としての人民元の流通を徐々に広げることにもなる。また、この隙(すき)に中国が産油国との関係を深めるかもしれない。

 輸出国のメリットは、中国に安く買いたたかれる可能性はあるものの、安定して輸出することが可能となり、開発資金も引き出せる。すでに埋蔵量が確認されており、液体で濃縮された良質の「在来型オイル」のフロンティア(未開拓地)であるイランを、中国が押さえることになれば、米国にとっての大きな脅威となる。

 原油決済において、すぐに人民元がドルに変わるわけではないが、重要なのは、中国が始めれば、他国もドル以外の通貨で決済する契機になる。その結果、ますますドルの存在感は薄まるだろう。

(柴田明夫、資源・食糧問題研究所代表)

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