失われた30年からの脱却にMMTは有効だ=ポール・シェアード(ハーバード大学ケネディスクール上席研究員)
米国や日本で毎年巨額の財政赤字を垂れ流し、日銀が異次元の金融緩和で、事実上の財政ファイナンスをしている状態から、日本は「現代貨幣理論(MMT)」を実践していると指摘される。しかし、私は違うと言いたい。
MMTの基本的洞察は貨幣の創出者たる統合政府には、資金調達の制約がない。金財分離の制度的枠組みが、そういう制約を恣意(しい)的に作り上げているだけだ。本来、政府には資金の枯渇があり得ない。真の制約は、実体経済の在り方にある。
確かに2013年に黒田東彦総裁率いる日銀が大掛かりな量的緩和に踏み切ったのは、MMTをほうふつとさせた。なぜならば、量的緩和は統合政府が返済期限のある国債を返済期限のない中央銀行の負債に変形させるからだ。金融政策と財政政策の境目を溶かす策だ。
日本の長期停滞の教訓は、金融緩和と財政出動の一体政策を欠いたことだったと私は考えている。ゼロ金利や量的緩和政策を実施し、財政出動を実施したかと思えば、00年にゼロ金利を解除したり、小泉政権では公共投資の削減に踏み切るなど緊縮財政に取り組んだ。
また、量的・質的金融緩和のスタートからたった1年(14年4月)で、政府が消費税率を5%から8%への引き上げに踏み切った。まさにアクセルを踏みながら、ブレーキを同時にかけるようなちぐはぐな政策を続けてしまった。
対照的なのは米国だ。08年のリーマン・ショック後、米国は日本の失敗の教訓を生かし、金融緩和と銀行資本投入も含む財政出動で景気の底割れを回避し、いち早く回復基調を取り戻した。
翻って日本は、また過去の失敗を繰り返そうとしている。2%の消費者物価指数(CPI)上昇率の実現が見通せないまま、10月には財政再建への配慮から消費増税を実施しようとしてる。日銀の黒田総裁も予定通りの消費増税実施を支持している。こういうことでは、金融と財政が一体となり、財政制限を取っ払うMMTとは程遠い。
インフレ制約
MMTの考え方では、中央銀行が無制限に紙幣を刷り、政府が積極財政を続ければ、いずれ供給制約に直面してCPI上昇率は高まる。つまり、インフレ圧力が強まる。その制約が実現するまで、財政再建が無用。むしろ有害だ。制約実現こそが、政策目標達成だ。
日本のような長期デフレ状況に陥った経済には、一種のカンフル剤としてMMT的な政策、つまり金融と財政の促進的一体運営で景気拡大をはかり、インフレ率を高める政策が有効だ。
具体的には、消費税引き上げの実施時期を、日銀のマネタリーベース(「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」+「日銀当座預金」)の拡大継続約束の条件、つまりCPI上昇率が安定的に2%を超えた後、と同一にすべきだ。日本は今MMTを実施していないが、政策路線を修正すれば、MMTの先駆者になりうる。
(聞き手=浜條元保・編集部)
(本誌初出 「日本はMMTを実践していない」 ポール・シェアード・ハーバード大学ケネディスクール上席研究員 2019・6・25)
■人物略歴
Paul Sheard
1954年オーストラリア生まれ。オーストラリア・モナシュ大学卒。オーストラリア国立大学経済修士号、同大学博士号を取得。リーマン・ブラザーズ、野村証券チーフエコノミスト、S&Pグローバル・チーフエコノミスト、副会長を経て2018年から現職。