法務・税務税務調査は見逃さない

相続税、ターゲットは富裕層の不動産評価=桐山友一/村田晋一郎/加藤結花

(出所)編集部作成
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 特集 税務調査は見逃さない

 基礎控除の引き下げや最高税率の引き上げを伴い、2015年1月に施行された相続増税。前後して富裕層を中心にさまざまな節税策を取ることが大きなブームになったが、“行き過ぎ”た節税策に国税当局が「待った」を掛けている。

 北海道や東京都に住む相続人3人が、札幌南税務署長の更正処分(納税額の修正)を不服として処分の取り消しなどを訴えた裁判で、東京地裁は今年8月、相続人側の主張を棄却した。大きな争点となったのは、相続人が相続した東京都杉並区や川崎市のマンション計2棟の価値を、いくらと評価するかという点だ。

 判決などによると、札幌市に住む会社経営者の男性は09年1月、杉並区の賃貸マンション1棟(44戸)を約8億3700万円で、同12月には川崎市の賃貸マンション1棟(39戸)を約5億5000万円で購入。男性は12年6月に死亡し、相続人3人は13年3月、相続税を申告した。

 相続税は、亡くなった人の財産から、借金などの債務と葬儀費用を引いた金額のうち、基礎控除額を超えた分に課税される。相続人3人は、杉並区のマンションを約2億円、川崎市のマンションは約1億3400万円と評価して申告。一方、会社経営者はマンション購入資金として10億円超を銀行などから借り入れていた。

 こうした点を考慮し、相続人は相続税を「ゼロ」として申告した。しかし、国税側は16年4月、杉並区のマンションを約7億5400万円、川崎市のマンションを約5億1900万円との鑑定評価を基に、相続人3人の相続税額を約2億8700万円と修正。約4300万円の過少申告加算税も課した。

“伝家の宝刀”を抜いた・・・・・・
“伝家の宝刀”を抜いた・・・・・・

“伝家の宝刀”抜く

 相続税の申告に当たり、相続財産をいくらと評価すればいいのか。国税庁は「財産評価基本通達」で、土地や建物、株式などの評価方法を細かく定めている。土地は国税庁の発表する路線価を基に、建物は固定資産税評価額を基に計算することが原則。相続人も基本通達に沿ってマンション2棟を評価し、相続税を申告した。

 路線価はそもそも、相続や贈与に伴って納税者の負担が重くなり過ぎないよう、国土交通省が発表する公示地価の8割の水準に設定されている。また、建物が借家の場合、借家権が付く分だけ評価額を30%引き下げたりもする。実勢価格に比べて低くなる基本通達の評価方法に従って、相続人は相続財産を評価した。

 だが、国税庁は、申告されたマンション2棟の相続税評価額と、時価との間に「著しい乖離(かいり)」があることを問題視。基本通達の評価方法を適用すれば、納税者の税負担の公平を著しく害する「特別な事情」に当たるとして、別の方法による財産評価を例外的に認めた基本通達「6項」の適用という“伝家の宝刀”を抜いた。

 相続税法は相続財産の評価の原則を「時価」としているが、具体的な評価方法までは定めていない。その「時価」を評価するルールとなっているのが基本通達だ。相続税申告の実務で現在まで定着している根底には、「6項」の適用を乱発しないことで国税当局と納税者の間の信頼関係が築かれた側面もある。

 それでも、国税側はまさに今回、「6項」を適用した。税理士法人タクトコンサルティング情報企画室の遠藤純一課長は「判決によれば、経営者が借り入れた銀行の稟議(りんぎ)書に『相続対策のため不動産購入を計画』などと書かれている。国税側は不動産の評価額の乖離だけでなく、節税策が行き過ぎと判断したのでは」と話す。

不動産をどう評価すべきか・・・・・・(Bloomberg)
不動産をどう評価すべきか・・・・・・(Bloomberg)

不明確な基準

 しかし、「6項」の適用は増える傾向にありそうだ。相続増税後、国税側が相続税評価額と時価との「著しい乖離」に神経をとがらせていたことがうかがえる資料がある。東京国税局が15年7月、相続税など資産税の担当者向けに配布した研修資料には、基本通達の6項を適用するための四つの条件が示されていた。

 その条件とは、(1)基本通達の評価方法を形式的に適用する合理性の欠如、(2)基本通達に定めた評価方法のほかに合理的な評価方法が存在、(3)基本通達の評価方法による評価額と、他の合理的な評価方法による評価額との間に著しい乖離が存在、(4)著しい乖離が生じたことに納税者の行為が介在していること──だ。

 国税側はまさに今回、こうした4条件を当てはめて、相続税の過少申告を指摘。東京地裁判決も、こうした国税側の主張を全面的に支持する結果となった。しかし、相続人の代理人を務める増田英敏弁護士は「これでは、いつ誰が(国税に)狙われるか分からなくなる」と憤る。「6項」が恣意(しい)的に適用されかねないためだ。

 何を持って「著しい乖離」とするか、その基準が明確でなく、納税者に混乱を与えかねない。同じような条件の他の納税者にも6項が本当に適用されているのか、納税者に不信感も抱かせる。そもそも、基本通達の評価方法に穴があるのであれば、基本通達自体を見直すべきではないか──。投げかける課題は少なくない。

 相続人は判決を不服として東京高裁に控訴したが、判決の余波は不動産市場にも及ぶ。税理士法人大和パートナーズの加賀光義代表社員は「相続税対策として販売されることも多かった投資用不動産市場では、今回の判決で多少のブレーキがかかるのでは」と話す。

 それでなくとも、富裕層に対しては国税は年々、調査体制を強化している。全12国税局に「重点管理富裕層プロジェクトチーム」を設けたほか、富裕層が多く住む税務署には「上位富裕層担当特別国税調査官」を配置。東京国税局管内では麻布、世田谷、渋谷、新宿、麹町、横浜中の各税務署が該当する。

 20年度の税制改正では、海外の中古物件を活用した節税策も封じ込められることになりそうだ。海外で購入した中古物件の減価償却費を経費として計上し、日本での所得を圧縮して節税する手法で、会計検査院が富裕層に広まったこの節税スキームを問題視していた。もはや国税の網を振りほどくのは容易ではない。

(桐山友一・編集部)

(村田晋一郎・編集部)

(加藤結花・編集部)

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