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相続税 ケース別解説 こんな申告書が狙われる=坂本新

相続税対策として盛んに活用されたタワーマンション。相続発生間際の購入には国税当局も厳しい目を向ける(Bloomberg)
相続税対策として盛んに活用されたタワーマンション。相続発生間際の購入には国税当局も厳しい目を向ける(Bloomberg)

 相続税や贈与税の税務調査が厳しくなっている。2015年1月からの基礎控除引き下げに伴う相続増税により、申告対象者が大幅に増加。相続税を少しでも圧縮しようと、安易な相続財産隠しなどが後を絶たない。相続人にとっては一生に一度、あるかないかの相続税の申告でも、何件も税務調査している国税調査官にとって申告漏れを見つけるのはお手のものだ。調査官が目を付けるポイントをケースに沿って解説したい。(税務調査)

ケース1 税理士を使わない申告書

 東京都多摩地区に住む男性が死去し、戸建ての土地・建物と生命保険金(除く非課税分)2000万円を同居していた妻、独立した子ども2人が相続した。相続人3人で家族会議をした結果、「戸建て住宅の評価額がよく分からないが、20年前に購入した当時の2000万円ぐらいかな」と考えた。税理士にも相談せず、相続財産の評価額を4000万円と見積もり、基礎控除(3000万円+600万円×3〈相続人数〉=4800万円)の範囲内にあると考え、相続税を申告しなかった。

 税理士が作成していない相続税の申告書は、税務署の標的になりやすい。最近は、インターネットで容易に相続税の申告書の作成に関する情報も入手できるようになり、税理士への報酬を節約したいという思惑も働いて、自らが作成する相続人も少なくない。しかし、そうした情報の多くは真偽不明だったり、一般論の解説だったりする。相続人自ら申告書を作成すれば、ミスが多くなることぐらいは税務署の担当者も分かっている。

 15年1月発生分の相続から、相続税の基礎控除は「5000万円+1000万円×相続人数」から「3000万円+600万円×相続人数」へ引き下げられた。基礎控除引き下げ後、「うちは申告対象だろうか」と悩んでいる相続人も多いだろう。後で無申告・過少申告加算税を課されるリスクを考えれば、税理士に申告書作成を頼んだ方が結果的に安く済むのである。

 このケースの場合、土地の評価額が低すぎることが問題となり、税務署から無申告を指摘された。この20年の間の土地の値上がりを考慮していなかったのだ。土地の評価額は国税庁が毎年7月に発表する路線価を基に計算し、土地の形状などに応じて補正する。税務署は年々変化する管内の不動産評価額を把握しているため、素人考えで評価額を判断するのはあまりに危険だ。

 ただ、相続税にはさまざまな特例が設けられている。このケースでは、妻が男性と同居していたため、330平方メートルまでの土地の評価額を80%減額する「小規模宅地等の特例」の適用対象となり、土地の評価額を大幅に下げられていた。もし、税理士に事前に相談していれば、小規模宅地等の特例の適用申請を相続税の申告とともに行い、その結果として相続税をゼロにできたはずだった。

ケース2 死亡直前の不自然な取引

 北海道の90歳の男性が3年間入退院を繰り返した後、病死した。この期間に男性が多額の定期預金を解約し、東京のタワーマンションを購入していたことが分かった。

 死期を悟った90歳の人が病身、北海道から上京してタワーマンションに住みたいと思うだろうか。被相続人(亡くなった人)の病状、被相続人死去と取引時期の関係から「社会通念上おかしい」と思われることは、必ず税務調査が来ると思った方がいい。税務署はこうしたケースでは、被相続人の意思とは関係のない第三者による相続税対策を疑う。

 財産を不動産の形で相続すれば、路線価はそもそも公示地価の8割の水準に設定されているため、現預金や上場株式といった金融資産として相続するよりも、評価額を低くすることができる。そのため、相続税対策として不動産を購入するのはよくある手段だが、相続発生間際のあからさまな対策で相続税額を大幅に抑制すれば、「何としても申告漏れを見つけ出そう」という税務署側の闘志をかきたてることになるだろう。

 タワマンは特に1戸当たりの土地の面積が小さいことなどから、流通価格に比べて相続税評価額が大幅に低くなる傾向があり、盛んに相続税対策として用いられた。しかし、居住する目的もないのに不動産を相続発生間際に購入した場合、税務署は租税回避行為として相続税評価額での申告を否認し、流通価格などでの評価を求めてくる可能性がある。

 税務署の指摘を受けて修正申告に応じれば過少申告加算税が発生する。また、本人の意思とは関係なく節税を目的に第三者が代わりに購入手続きをしたとすれば、仮装・隠蔽(いんぺい)行為として重加算税の対象ともなりうる。相続税対策は相続発生間際に慌ててするものではなく、長い時間をかけてじっくりと取り組むべきことだ。

ケース3 証明する手段のない贈与

 子どものいない資産家の男性が死去。男性は現在22歳になる大学生のおいに7年前、「将来のために役立ててほしい」と口頭で伝え、おいの口座に毎年100万円を振り込んでいた。海外留学を目指していたおいは、そのまま使わずにお金をためていた。

 1年間に贈与された財産の合計額が110万円までは贈与税がかからない。しかし、口頭で合意して贈与すると、贈与する側と贈与を受ける側の意思を第三者に証明する手段がない。相続税の申告で往々にして問題になるのが、生前に移転した財産が本当に贈与だったのか、という点だ。収入のないはずのおいの口座に多額の預金があると、税務署はまず「名義預金」を疑う。

 名義預金とは被相続人が自分以外の名義でする預金のことで、名義は異なっていても実質的には被相続人の財産とみなされ、相続税の申告時には本来、相続財産として計上しなければならない。贈与があったと税務署に主張しても、それを証明できなければ相続財産の申告漏れを指摘されてしまう。こうしたことを防ぐには、贈与のたびに贈与契約書を作成し、保管しておくのが有効だ。

 なお、相続人が被相続人から相続開始前3年以内に贈与された財産は、相続税の申告の際に相続財産として加算しなければならない規定がある。ただ、この場合のおいは相続人ではないため、この規定の対象からは外れている。せっかく年間110万円という非課税の範囲内で贈与していたのに、名義預金とみなされてしまっては元も子もない。生前のしっかりとした準備が必要だ。

(坂本新・元国税徴収官、たまらん坂税理士事務所 所長税理士)

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