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リブラが火をつけた“デジタル人民元” と通貨インフラの国際競争=山岡浩巳

     「リブラ」構想は、通貨インフラへのデジタル技術の応用を巡る国際競争に火をつけた感がある。フェイスブックのザッカーバーグCEOは米国の議会証言で、「米国がこの分野で主導権を握らなければ、他国が握るだろう」と警鐘を発した。そして現在、最も活発な情報発信を行っているのは中国である。

    (リブラが開けた「パンドラの箱」はこちら)

     中国は今、デジタル通貨の研究を進めていると公言し、ブロックチェーン(分散型台帳技術)の開発にも熱心に取り組んでいる。人民元のデジタル化(DC/EP)の具体的な計画がなお明らかでない中、「人民元をすべてブロックチェーンベースのデジタル通貨に置き換えるのではないか」「アリペイ(中国アリババグループの決済サービス)などを駆逐するつもりではないか」など、さまざまな臆測が飛び交っている。

     しかし、中国の真の狙いは、麻生太郎財務相が今年初に全国銀行協会の賀詞交歓会で語ったように、人民元の「国際決済通貨」としての地位向上にあると思われる。中国は本音では、一般人が使えるデジタル人民元をブロックチェーン化し、大規模に発行することは狙っていないだろう。

    国際決済通貨としての地位はまだ低い(Bloomberg)
    国際決済通貨としての地位はまだ低い(Bloomberg)

     まず、中央銀行などの特定の機関が中央集権的に決済インフラを管理・運営し、これが円滑に動いているのなら、これを分散型構造のブロックチェーンに置き換えてもメリットは見込みにくい。例えば、JR東日本の電子マネー、スイカは中央集権型構造の下で問題なく動いている。

     ブロックチェーンのような分散型構造の下で信頼を構築するには、ビットコインのマイニング計算のように、大量の電力消費といったコストがかかる。ましてや、14億人が使うデジタル通貨をブロックチェーンで構築すれば、電力消費などの信頼構築のコストは膨れ上がってしまう。これは「スケーラビリティー問題」と呼ばれる。これを回避するには、中央の管理者がすでに持つ信頼を使った方が安上がりなのである。

    巨大な資源調達国

     また、中国は2016年1月にデジタル通貨の発行計画を対外的に明らかにした際、脱税防止を目的の一つに掲げている。すなわち、デジタル通貨を発行する場合には、中央の主体がデジタル通貨の取引情報を把握できることを前提としているが、ブロックチェーンよりも中央集権型の仕組みを使った方が、取引情報を一元的に捕捉できるため容易に目的を達成できる。

     さらに、アリペイやウィーチャットペイ(中国テンセントグループの決済サービス)を駆逐するようなデジタル人民元を発行することは、実は中国政府にとってマイナスが大きい。これらを実質的に運営するアリババやテンセントなどの「ビッグテック企業」が中国にあることは、米国の経済力やGAFAへの対抗、中国の市場経済重視というイメージ戦略などからも重要である。中国の本音は、これらの企業が競い合いながらも、政府の方針には従ってくれればよい、というものだ。

     実際、中国は18年から、アリペイやウィーチャットペイに、顧客の口座保有相当額を中国人民銀行に預託するよう義務付けている。したがって、これらに代わる小口決済用のデジタル人民元をあえて発行するニーズは、中国では実は乏しいのである。

     その一方、中国政府にとっては、海外や民間がデジタル人民元やブ

    ロックチェーンを勝手に警戒してくれることは、中国ビッグテック企業へのけん制や「中国にはリブラ(米フェイスブックが中心となって進める暗号資産構想)は不要」という姿勢を打ち出す上では好都合だ。

     他方で、中国は「人民元の国際化」に国策として取り組んでいる。14億人の生活水準向上を支えるには、大量の資源や食料を海外から調達し続ける必要がある。筆者は

    07年から3年間、国際通貨基金(IMF)に勤務したが、アフリカなど資源国への中国の食い込み方は印象的であった。

     現在、中国は石油、鉄鉱石、大豆など多くの1次産品の巨大輸入国となっている。したがって、人民元を国際化して人民元建ての取引を増やすことは、為替変動リスクを減らし、米国の通貨・金融政策の動向にかかわらず大量の資源を安定的に調達していく観点から、今後の中国の経済発展を左右する重要課題である。

     また貿易相手国も、人民元を持てば中国産品の購入につながりやすい。このことは、「一帯一路」に代表される、中国をコアとする経済圏構築にも寄与する。

    「4%」にとどまる人民元のシェア

    (出所)筆者作成
    (出所)筆者作成

     近年、中国は人民元国際化に向けた方策を次々と打っている(表)。他国の中央銀行と危機時に通貨を融通し合う通貨スワップ協定を09年以降、拡大しているほか、他国で活動する金融機関を人民元建て取引が清算可能な「クリアリング銀行」に指定してきた。15年には貿易決済や投資を支える「クロスボーダー人民元決済システム」を稼働させ、18年には24時間近い稼働を実現した。一方、16年には長年の悲願であったIMFのSDR(特別引き出し権)の人民元の採用も決まった。

     しかし、中国は世界第2の経済大国でありながら、現状では人民元の貿易や金融取引での利用は多くない。為替取引に関する国際決済銀行(BIS)の昨年の調査(合計値は200%)によれば、米ドルは為替取引の88%に使われる一方、中国人民元は4%(全世界の通貨中第8位)を占めるに過ぎない。したがって、中国の通貨政策の最大の課題は、人民元を貿易や金融取引、国際送金などに使われる通貨にしていくことにある。

     この国際決済通貨という点で、実はブロックチェーンには大きな可能性がある。まず、365日・24時間稼働するインフラを、特定のコンピューターの稼働時間に制約されずに構築しやすい。また、スマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動的に実行する仕組み)を通じて資金や証券の同時決済も実現できる。一方で、利用者や使途を限定すれば「スケーラビリティー問題」も回避しやすい。

     実際、世界の主要中央銀行によるブロックチェーンの実証実験も、貿易金融や同時決済、国際送金に関するものがほとんどである。ブロックチェーンが、これらの分野での人民元のプレゼンスを一気に高める「リープフロッグ(段階を飛び越えて一気に進展する変化)」の機会をもたらし得る以上、中国が熱心に取り組むのも当然であろう。そのための試行的プロジェクトが、近い将来に始まっても不思議ではない。

    (中央銀行デジタル通貨の衝撃 はこちら)

    先進国も加わり加速する通貨インフラ競争

     中国やリブラの動きは、先進国の取り組みも加速させている。1月21日、先進国の6中央銀行 - カナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行(ECB)、スウェーデン中央銀行、スイス国民銀行 -と国際決済銀行(BIS)は、中央銀行デジタル通貨に関する知見を共有するためのグループ設立を発表した。

     これらの中央銀行は、これまでもデジタル通貨に関する調査研究をそれぞれ進めてきた。日本銀行も、筆者が決済機構局長を務めていた2016年12月、ECBとの共同調査「プロジェクト・ステラ」を開始し、これまで三本の報告書を公表している。

    これら先進国の取り組みの主要ターゲットも、国際決済となる可能性が高い。

     6中央銀行の中で、デジタル通貨の検討で先陣を切ってきたスウェーデン中央銀行は、「現金の急減」という同国独自の事態に直面する中でも、なお、一般の人々が現金代わりに広く使えるようなデジタル通貨(汎用型デジタル通貨)の発行には至っていない。ましてや、他の国々がこのタイプのデジタル通貨を発行することについては、民間ビジネスやイノベーションへの悪影響、中央銀行によるデータ独占の問題など、多くの難題が残されている。

     一方、国際決済のための大口専用デジタル通貨であれば、このようなハードルは低くなる。実際、日本銀行とECBのプロジェクトやカナダ中央銀行の「プロジェクト・ジャスパー」など多くのプロジェクトが、国際決済にデジタル技術を応用する可能性に注目している。一方で、例えば「スマートコントラクトを通じた2通貨の同時決済」を実現するには、両通貨が相互運用性のあるブロックチェーン技術を採用する必要がある。今回の6中央銀行グループの公表文が「クロスボーダーの相互運用性」に言及していることも、国際決済への強い関心を示している。国際決済におけるプレゼンス向上を巡る通貨間の競争は、今後も加速していくだろう。

    (山岡浩巳・フューチャー取締役、フューチャー経済・金融研究所長)

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