パン業界 パン屋の大淘汰 老舗・チェーン中心に倒産最多 コンビニと高級店の板挟みに=藤原裕之
息の長い高級パンブームが続いている。1本(2斤)1000円近い高級食パンの専門店が続々とオープンし、素材や製法にこだわり抜いた有名ベーカリーには連日のように長蛇の列ができている。
高級食パンが先導
ブームが始まったのは2013年。「火付け役」と言われるのが、高級食パン専門店の「乃が美」(大阪市)と「セントル ザ・ベーカリー」(東京都中央区)で、いずれもこの年にオープンした。セブン─イレブンがヒット商品「金の食パン」を発売したのも同じ13年だ。
以降、高級食パン専門店の参入が相次ぎ、ブームが盛り上がっていく。東京では「銀座に志かわ」(中央区)、「俺のベーカリー&カフェ」(同)、「あずき」(世田谷区)、「考えた人すごいわ」(清瀬市)、大阪では「嵜本(さきもと)」(大阪市)──といった人気店が次々と生まれた。口火を切った乃が美は全国展開し店舗数は150店を超えている。
高級パンブームは、総務省の家計調査からも確認できる。家計のパン購入価格は、ブームに歩調を合わせるように13年を起点として、今なお上昇し続けている(図1)。特に価格上昇が著しいのはブームをけん引してきた食パンだ。
乃が美の「生」食パンの価格は税込みで1斤432円。スーパーなどに並ぶ一般的な食パン(1斤150~200円程度)の2倍以上だ。にもかかわらず、ブームが始まって7年たってもその勢いは衰えていない。
空前のブームで好調に見えるパン業界だが、実際にはその陰でパン屋の倒産が急増している。
東京商工リサーチによると、19年のパン製造小売業の倒産件数は37件で、前年比37%の急増となり、00年の調査開始以降、過去最多を更新した(図2)。大阪・兵庫エリアで多店舗展開してきた「コペンハーベスト」(大阪市、負債約1億円)、東京を中心に複数店舗を構えていた「イッツピーターパン」(東京都大田区、負債約2億円)などが話題を集めた。
倒産の7割は業歴10年超
負債規模別に見ると、「1000万~5000万円未満」が25件(構成比68%)と最多。次いで「1億~5億円未満」8件(同22%)、「5000万~1億円未満」4件(同11%)となっている。業歴では30年以上が10社(構成比34・5%)で最多となった。業歴10年以上だと7割超になる。地域別では近畿の12件が最多で、九州も6件ある。「タカケン」(岡山市)や「ラングドック」(富山県高岡市)など、地方の倒産が多いのも最近の特徴の一つだ。長く地域に根差した、いわゆる“町のパン屋さん”が苦境に追い込まれている姿が見て取れる。
苦しいのは町のパン屋だけではない。これまで市場を引っ張ってきた大手ベーカリーチェーンの業績も芳しくない。東京商工リサーチによると、「ヴィ・ド・フランス」(東京都江戸川区)、「ドンク」(神戸市)、「神戸屋レストラン」(神奈川県海老名市)など主要ベーカリーチェーンは軒並み減収となっている。要因として、旗艦店の閉鎖や天候不順などによる客数減少が指摘されているが、高級パンなど同業者との競争激化が影響しているのは明らかだ(表)。
町のパン屋と大手ベーカリーチェーンの苦境の背景には何があるのか。よく指摘されるのが、原材料・人件費の高騰による採算悪化、代表者の高齢化による事業承継問題である。しかし、実際に倒産の原因として最も多いのは「販売不振」だ。高級パンの出現やコンビニパンの品質向上などを受け、旧来のパン業者を取り巻く競争環境は大きく変化した。
今の消費者はシチュエーションによってその消費志向を変える。平日と休日のパン支出額を比較すると、平日より休日の支出が1割近く高く、しかも年々その傾向が強まっている(図3)。平日は会社帰りに近所のコンビニやスーパーで翌朝に食べるパンを買い、休日は友人や家族らと少し遠出して話題の高級食パン店に足を運ぶ、といった具合に状況に応じて使い分けているのだろう。
こうした多面性を持つ今の消費者のニーズに応えるように、現在、さまざまな業界で「機能の市場」と「意味の市場」の二極化が起きている。利便性や機能性で勝負するのが「機能の市場」、商品の持つ意味やストーリーで客を引きつけるのが「意味の市場」だ。コーヒー業界なら、前者の代表は100円コーヒーを投入するコンビニ、後者は豆の栽培から淹(い)れ方に至るストーリーを共有する「サードウエーブ(第三の潮流)」系カフェが挙げられる。機能と意味のどちらかで突出した商品・サービスを生み出すのが成功の重要な要素となっている。
“おいしさ×地域性”が鍵
これを今のパン業界に当てはめると、気軽さとおいしさで勝負するコンビニパンは機能の市場で、素材の素晴らしさや生産者の思いを伝えようとする高級パンは意味の市場で、突出したポジションにある。その間で板挟み状態に陥って優位性を失ったのが町のパン屋と大手ベーカリーチェーンだ(図4)。
この板挟み状態から抜けるには、どうしたらよいだろうか。はっきりしているのは、機能の市場と意味の市場のいずれかで独自の突出した価値を生み出す必要があるということだ。中途半端に両方を目指す方法は賢明とは言えない。利便性を高めることと意味やストーリーを深めることの両立は極めて難しいからだ。
ではどちらの市場を目指すべきか。機能の市場は「レッドオーシャン」(競争が激しい市場)になりやすい。手軽さと便利さでコンビニパンにかなわないのは明らかだ。目指すべきは意味の市場である。同じクロワッサンでも「手軽でおいしい」で選択されるのが機能の市場だが、意味の市場ではクロワッサンに使用した小麦粉の生産者の思いを伝えることでコンビニパンにはない価値(意味)が付加される。
特に地域に根差した町のパン屋は、「おいしさ×地域性」でその店舗にしか出せない意味を顧客に直接届けることができる。筆者もしばしば足を運ぶ東京都渋谷区の「カタネベーカリー」は人気店にもかかわらず店舗拡充をせず、地域に寄り添う小さなパン屋として顧客一人一人との会話を重視するスタイルを貫いている。高級パンに負けないパンを作ろうとする前に、一呼吸置いて、何を顧客に届けたいのかを深く考える時期にきているのではないだろうか。
(藤原裕之・日本リサーチ総合研究所主任研究員)