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経済・企業 中国

湖北省発「自動車危機」 部品供給寸断で世界生産停滞 中国販売は最大250万台減=湯進

中国地場メーカーの工場は稼働を停止した(NIO〈ニオ〉の工場) 筆者撮影
中国地場メーカーの工場は稼働を停止した(NIO〈ニオ〉の工場) 筆者撮影

 中国湖北省・武漢市で発生した新型コロナウイルス(新型肺炎)は中国の自動車産業を直撃した。自動車メーカーおよびディーラーの操業再開の遅れにより、2020年2月の中国の新車販売台数は前年比79%減を記録した。

 湖北省は20年1月23日から事実上「封鎖」されており、その他地域もメーカーの生産再開が大幅に遅れている。ドイツのフォルクスワーゲン(VW)は中国の14の工場で、トヨタ自動車は中国の4工場で3週間遅れの操業再開を行ったものの、湖北省の操業再開日はさらに遅れて3月中旬となった。

 中国自動車メーカー全体は3月下旬にほぼ操業再開したものの、部材の在庫不足、物流の混乱、労働者復帰の遅れなどで、操業再開しても低い稼働率がしばらく続くだろう。新型肺炎終息後の回復期間を勘案すれば、自動車メーカーのフル稼働は4月になる可能性がある。

 自動車生産の停滞は中国全土の部品・部材メーカーの生産・販売計画も狂わせる。部品の受注見通しが不透明な中、部品メーカーは生産縮小を余儀なくされている。輸出向けの部品メーカーが多く立地する浙江省・江蘇省・広東省では、サプライチェーン(供給網)の正常化が遅れると、世界の自動車生産にも影響を与える。すでに部品生産の一時中止、サプライチェーンの寸断は日本、韓国にも波及し始めた。

世界の部品工場

(注)※は稼働予定 (出所)各社発表より筆者作成
(注)※は稼働予定 (出所)各社発表より筆者作成

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 中国には、完成車メーカーが100社以上あるが、世界の自動車業界のサプライチェーンにとって、より重要なのは約10万社に上る自動車部品メーカーの状況である。巨大な自動車部品の生産能力を擁する中国は、19年の世界生産の27%を担う。「世界の自動車部品工場」といっても過言でない。

 中国の自動車部品輸出額は18年に約6兆円(544億ドル)。北米、アジア、欧州がそれぞれ全体の32・9%、30・4%、22%を占めた。なかでもホイールとタイヤはそれぞれ世界全体の5割、3割を占め、世界市場に供給している。

 特に、自動車産業の集積地になっている湖北省の自動車生産台数は19年に224万台に達し、広東省、吉林省、上海市に次ぐ国内第4位。同省は、中国大手国有自動車メーカーの東風汽車本社をはじめ、完成車メーカー22社、部品メーカー約1300社が集まる。

 企業全体の生産能力に占める湖北省工場の割合では、東風ホンダ、東風ルノーが100%、神龍汽車(東風とPSAの合弁)76%、上汽GM25%、広汽乗用車23%、東風日産16%となっている。19年の中国乗用車生産台数に占める湖北省産部品の割合は15%に達し、特にステアリング(ハンドル)、ワイヤハーネス(電源供給・信号通信用の電線の束)、車載電子(プリント基板)の採用が目立つ。

 中国の乗用車販売第4位(19年)の東風日産に供給している部品メーカーは中国国内に約1000社あるが、うち168社は湖北省にある。筆者が取材した東風汽車幹部によれば、東風日産は中国のサプライヤー450社から調達した部品を世界20カ国の日産自動車・ルノー・三菱自動車の生産拠点に供給している。そのうち湖北省で作られている部品は約800種類に上る。

 それが、今回の新型肺炎による生産の滞りで、自動車部品輸出、特に輸出額全体の2割を占める走行・車体関連部品、部品点数が多い車載電子関連は大きな影響を受けると予測される。

全世界に波及

(出所)中国海関統計より筆者作成
(出所)中国海関統計より筆者作成

 影響はすでに出始めている。特に深刻なのが、中国に大きく依存している韓国の自動車業界だ。韓国系部品メーカーは安価な労働力を活用すべく中国への生産シフトを進めてきた。なかでもワイヤハーネスについては、韓国国内需要の87%を主に京信、富羅、THNの3社の中国工場から調達しているため、新型肺炎による中国部品工場の休業で現代自動車やルノーサムスン自動車の韓国工場はワイヤハーネスの調達が途絶えることとなった。

 蘇州のワイヤハーネスメーカーの幹部は筆者に対し、「電線、コネクター、保護具等の在庫が底を突き、手作業への依存度が高いが労働者も不足している」と話す。

 日本も例外ではない。部品調達の寸断を背景に、ブレーキホースからエアコン関連部品まで多くの部品在庫が不足し、日産自動車の九州工場と栃木工場は一時生産停止を余儀なくされた。ホンダは部品調達の遅れにより埼玉の2工場で生産を一時的に縮小すると発表した。

 また、自動車部品の10~30%を中国から調達しているインドでは、大手自動車メーカーのマヒンドラとタタが、中国の部品供給の寸断により排ガス規制「BS─6」生産への影響を受けている。部品供給先の中国工場は3月に生産再開したものの、供給量の回復は4月になりそうだ。

 中国産部品調達の寸断は、アジア以外の自動車工場にも波及している。欧州では、ジャガー・ランドローバーの英国工場(自動車生産能力40万台)、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)のセルビア工場(同4万台)が一時生産停止、豪州では、トラック・鉱山車両用タイヤの在庫切れなどが見られた。

 ブラジルでは自動車部品輸入の32%が中国であり、中国企業の生産停滞が続くと、ブラジルの自動車生産は部品不足で4月に一時停止する可能性がある。

 物流も混乱。GMの部品輸送コンテナ600個が中国で滞留したため、中国合弁相手である上海汽車傘下の安吉物流が2月25日に中国東方航空のチャーター機で部品422種類(計80トン)をシカゴに輸送し、GM北米工場に供給すると報道された。

 中国の自動車産業とグローバルサプライチェーンが複雑に絡み合っている中、中国産部品・部材が供給されなければ、多くの自動車メーカーが直接・間接的に影響を受けるだろう。

環境規制も延期

 今回の新型肺炎の影響を受け中国の20年1~3月の新車販売台数は前年同期比4割減となる見通しだ。

 中国工業情報省は、ナンバープレートの発給数の増加や新車消費の喚起を促進しており、中国自動車工業協会は今年7月に全国で導入予定の厳しい排ガス基準「国6」の延期を政府に提案した。地方政府も自動車の消費刺激政策を打ち出した。

 広東省仏山市は3月から「国6」基準対応車の購入に1台につき補助金2000元(約3万円)、また、広州市は新エネルギー車を購入した個人消費者に1台につき補助金1万元(約15万円)を支給、ナンバープレート発給数の増加も検討している。

 上海汽車は車載エアコンに紫外線殺菌機能を設置し、吉利汽車やBYDが抗菌機能を備えるエアコンフィルターを搭載した「N95健康自動車」(N95マスクと同等の抗菌性能)を発売するなど、地場メーカーは新型肺炎対応車の投入により販売台数の増加を図ろうとしている。

 交通機関の利用による感染リスクもあり、クルマの需要が高まっている半面、企業の操業遅延による消費マインドの低下は新車市場のマイナス材料となる。20年通年の中国新車市場は、前年比8~10%減少する可能性が高いと思われる。19年の同販売実績が約2577万台であったことを考えると、最大で250万台減少する計算だ。これは湖北省における年間生産台数をも上回る規模だ。

 中国市場への依存度が高い日系自動車関連企業にとっては、中長期的なアジア・中国戦略の策定が迫られている。

(湯進・みずほ銀行法人推進部主任研究員)


世界の一大生産拠点と化す中国

 中国で生産される自動車部品のうち、ローエンド汎用(はんよう)部品・部材は地場メーカー中心で生産され、ミドル・ハイエンド製品は主に外資系部品メーカーが手がける。

 外資系部品メーカーは中国で現地生産や研究開発を行っており、特に欧米のメーカーは世界生産・輸出の拠点にしようとしている。自動車部品世界1位の独ボッシュは中国に38工場を設け、中国の売上高は当社全体の約2割を占めている。

 武漢には2工場があり、ステアリング・システムやサーモテクノロジー関連製品を生産しており、日本を含むアジア市場に製品を供給している。

 仏ヴァレオ(LEDランプ生産)は1994年に湖北省に進出し、現在は同社グローバルで最大のR&D(研究開発)センターと五つの工場(LEDランプ生産など)を設けている。

 また中国で11工場を展開している自動車用サンルーフの世界大手独ベバストは、武漢に世界最大の自動車ルーフ生産拠点を設け、中国全土に製品を供給。タイヤ大手の米グッドイヤーは中国で年間1600万本の生産能力を持ち、トヨタ自動車や米フォード、独BMW、独アウディなど日米欧メーカーに供給している。

 中国の自動車メーカーは、付加価値の高い部材を輸入して国内で最終製品にして輸出する役割を担ってきたものの、近年は裾野産業の発展や労働者の質の向上に加え、地場・メーカーの生産性も向上し、低コストで高品質な部品の量産が可能となった。

 日本国内の工場で自動車を生産している日系自動車メーカーはコストパフォーマンスの高い中国製の自動車部品を輸入している。2019年の自動車部品輸入に占める中国の割合は3割に上る。

(湯進)

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