新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

国際・政治 新型コロナでついに勃発!

「世界同時多発食料危機」が自給率4割の日本を襲う(前編)=柴田明夫(資源・食糧問題研究所)

ケニアの穀物の茎に群がるバッタの大群 Bloomberg
ケニアの穀物の茎に群がるバッタの大群 Bloomberg

 新型コロナウィルスの感染拡大が、世界の食料市場にも影響を及ぼし始めた。問題は、新型コロナウィルスの感染拡大による農業生産への影響と移民労働者不足に加え、港湾での荷役作業遅延、トラック運転手の敬遠などから輸出規制の動きが重なり、世界同時多発で、食料連鎖危機が起きる懸念がでてきたことである。食料自給率が4割に満たない日本にとっても大きな脅威である。

 まずコロナ禍による移動規制で世界中の経済活動や物流が寸断されたことで、食料市場では「過剰」と「不足」という現象が同時並行的に生じている。

 それは、一国内では「農村部での過剰」と「都市部での不足」であり、付加価値面では、「(国産)高級食材の過剰」と「(輸入に依存した)業務用の安価な食材の不足」である。

 働き手の面では、先進農業国における「低賃金の海外労働者の不足」であり、送り出し国における「過剰(失業)」という現象でもある。

東南アジアで始まったコメの輸出規制

 一部の食料輸出国では、干ばつとも重なって穀物輸出を制限する動きが広がっている。

 東南アジアのコメ輸出国は、食料不足による社会混乱を恐れてコメの輸出規制に踏み切る国が出ている。

 米農務省の最近の需給報告によれば、2019年後半から20年前半のコメ輸出量について、ベトナムが前月予想の700万㌧から630万㌧に下方修正したほか、ビルマも270万㌧から220万㌧へ、カンボジアも140万㌧から90万㌧へそれぞれ引き下げた。

 こうした輸出規制に伴って、国際市場におけるコメの価格も急上昇している。指標となるタイ米の輸出価格(FOB=船積み価格)は、19年末のトン当たり400㌦から、20年4月には582㌦に急騰している。

 アジア諸国にとって、コメは、単なる穀物とは異なり特別の意味を持つ。特に、貧困問題を抱えた国にとってコメは、飢えを無くすためにも不可欠な絶対必需品であり、足りなくなれば社会不安につながりかねないという意味で「政治財」なのだ。

ロシアも小麦輸出を規制

 旧ソ連圏でも小麦の輸出規制が始まった。ロシアは、主力製品である小麦を中心に20年4月から6月の輸出量を700万㌧に制限した。これに伴い、19年後半から20年前半の小麦輸出量は3350万㌧で2年連続で減少する見通しだ(図1)。

 ロシアの小麦生産量は2000年代初めまで4000万㌧前後で推移してきたが、天候に恵まれたこともあり、18年には8500万㌧超へと飛躍的に拡大。米国の5000万トン前後を凌ぐ世界有数の小麦生産大国となった。

 生産コストが低く競争力のあるロシア産小麦は、いまや世界最大の輸出量となっているが、天候任せの粗放的な面が強く、必ずしも生産や輸出が安定しているわけではない。

 ウクライナも、4月から小麦の輸出を規制すると発表したのに続き、ロシアが主導するユーラシア経済連合(EAEU)もカザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、キルギスタンなど加盟国が生産する小麦、トウモロコシ、ライ麦などの農産物を4月12日から6月まで輸出を禁止すると発表した。

「アラブの春」の引き金はロシアの小麦

 一方、輸出規制に踏み切る国があれば、その一方で、穀物の輸入を減らさざるを得ない国がでてくる。多くは、中東や北アフリカの国々であり、サブサハラ以南のアフリカ諸国である。

 米農務省によれば、4月時点の19年後半から20年前半の穀物の輸入見通しが、前月より下方修正された主な国は、コメでガーナ(95万㌧から90万㌧に減少)、ケニア(同70万㌧→62万㌧)、ナイジェリア(同150万㌧→120万㌧)、サウジアラビア(145万㌧→110万㌧)、アラブ首長国連邦(UAE)が(同92万㌧→87万㌧)などだ。

 こうした動きには既視感がある。

 10年8月、エルニーニョ現象(赤道付近の海面水温が平年より高くなる状態が1年程度続く気象変動)に見舞われたロシアでは、当時のプーチン首相が、「ロシアの生産は問題ない」と言いつつ、その舌の根も乾かないうちに「干ばつによって小麦生産がおぼつかない。生産の状況を見極めるまで輸出を停止する」と発言し、11年6月まで輸出を止めた。09年に6190万㌧あったロシアの小麦生産量が10年には4200万㌧まで減少したためだ。

 ウクライナやカザフスタンの輸出も減少した。

 これらは主に中東・北アフリカ向けだ。この結果、世界最大の小麦輸入国であるエジプトでは、輸入量が1165万㌧から830万㌧まで減少し、パンの価格が上昇することなどから社会不安が広がった。

 チュニジアで始まった反政府運動「ジャスミン革命」は、SNS(交流サイト)を通じて瞬く間にエジプト、リビア、イエメン、シリアへと広がり「アラブの春」の契機になった。問題は、この地域にとどまらず、シカゴ穀物市場で小麦価格が急騰し、中国は大豆やトウモロコシの輸入拡大を急ぐなど、食料危機の連鎖という事態が起こったことだ(図2)。

穀物を襲うバッタの大群

 今のところ、小麦やトウモロコシ市場では目立った価格の上昇はみられないが、ここには新型コロナウィルスの影響はまだ織り込まれていない。

 さらに気がかりなのは、今年に入って、バッタ被害の拡大による穀物の供給不安が広がっていることだ。

 1月にアフリカ東部で大量発生したサバクトビバッタの大群が、ケニアからスーダン、エチオピア、ソマリア、中東のエジプト、イエメン、サウジアラビア、クウェート、UAE、イランそして南アジアのインド、パキスタンにまで広がり、東南アジアのベトナム、カンボジアなどへ拡大する可能性もでてきた。

 バッタの大量発発生の広がりはコメ、小麦への影響が懸念される。中国への影響も予想される。特に中国では昨年来、中国全土で問題となっているアフリカ豚コレラ(ASF)の終息も伝わっていない。

 食料の場合は「絶対的必需品」としての性格もあり、今のところ、原油や銅、アルミなどの産業鉱物に比べて相場の下値は底固いものの、むしろ、主要国の輸出制限、物流分断、移民労働者不足、異常気象(病害虫の大量発生)による供給不安により、急騰の可能性もある。

 昨年(19年)、世界では中南米から東南アジア、欧州に至るまで、実に40カ国で反政府運動や暴動が起きている。この原因は生活の困窮と政府に対する不満であり、いまや世界中の至る所で偶発的な出来事が社会全体の混乱をもたらしかねない火種が燻っている。

 その最たるものが食料問題なのである。その波は中国産の加工野菜などに依存している食料自給率わずか4割の日本も容赦なく襲うだろう。

 コロナ禍が世界経済に与えているショックは、100年前の世界大恐慌以来、最悪の事態との見方が強まっている。しかし、食料問題に関しては、世界の隅々までグローバル・バリューチェーンが精緻に組み合わされ、連動しているという意味で、その中断のショックは当時とは比べ物にならない。(柴田明夫、資源・食糧問題研究所)

後編に続く

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

11月26日号

データセンター、半導体、脱炭素 電力インフラ大投資18 ルポ “データセンター銀座”千葉・印西 「発熱し続ける巨大な箱」林立■中西拓司21 インタビュー 江崎浩 東京大学大学院情報理工学系研究科教授、日本データセンター協会副理事長 データセンターの電源確保「北海道、九州への分散のため地産地消の再エネ [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事