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「アベノマスク」「中途半端なロックダウン」……日本で「ざんねんなコロナ対策」が実施されてしまう「5つの理由」(後編)【サンデー毎日】

安倍晋三首相が4月16日、「一律10万円の現金給付」を言い出した。諸外国はとっくに

実施している政策だ。

なにかにつけ行動が遅く、主要国とかけ離れた日本の新型コロナウイルス対策。

なぜ立ち遅れているのか。何が壁になっているのか。

(「前編」より続く)

「感染者情報の開示」では韓国に完敗?

各国の感染者情報を集約している米ジョンズ・ホプキンス大のサイトによれば、情報開示に積極的な国の一つは韓国だ。

保健福祉省のサイトには、実名は伏せた上で年齢、性別、居住地、利用した商業施設や交通機関などが載る。それを可能にするのは、政府が16歳以上の全国民に付与する住民登録番号。

神戸大の木村幹教授(朝鮮半島地域研究)が説明する。

「元々は防諜目的ですが、今は銀行口座を開くにも、携帯電話を買うにも必要なほど便利に使われています。だから国民は情報開示に抵抗がない。それに1997年に国が消滅しそうになったアジア通貨危機を経験し、『国難に際しては一致協力が必要』という考えが浸透しています」

米国、台湾、香港も感染者情報の開示に積極的だ。

日本はどうか。東京都は市区町村別に累積感染者数の統計を出すが、他県は新規感染例をサイトに載せる程度のところが多い。

米山前新潟県知事が言う。

「政府主導で規定が作れないことが自治体ごとの対応の差を生んでいます。国家を挙げての情報収集が大切なのに、万事が自治体任せ。国政全般での課題が噴出した格好です。あまりに不透明で、かえって医療従事者が差別を受けるなどの事態につながっています」

「リモートワーク導入」は「たった14%」?

医療機関に行かず、インターネットや電話を使って診察を受ける「遠隔診療」が4月13日、初診でも可能になった。

感染拡大により「医療機関の受診が困難になりつつあることに鑑みた時限的・特例的な対応」と厚労省は発表した。

遠隔診療システム「クリニクス」を開発した「メドレー」(東京都港区)の田中大介執行役員によれば、2016年にサービスを始めてから医療機関約1200カ所が導入し、7万5000回を超す診察をした。

「利用者は多忙なため病院に行けない都会の若年層が比較的多い」(田中氏)。

仕組みはこうだ。患者はネットで予約した後、パソコンやスマートフォンの画面に映る医師の診察を受ける。診察料はクレジットカード決済だ。システムの利用料はかからない。

「法令上、処方箋を紙に印字して発行する必要があるため、診察後に患者宅に郵送しています。そのような障壁により、完全な電子化はできないでいます」(同)

日本医師会は反発している。松本吉郎常任理事は8日の記者会見で、「初診からのオンライン診療の実施は、情報のない中での問診と視診だけの診断や処方となるため、大変危険」と述べた。

海外ではどうか。米遠隔医療学会のサイトによると、米国では100万人近くの患者が3500カ所で遠隔医療を受けている。欧州ではドイツ、英国、オランダなどで実施例が多いという。

遠隔勤務(テレワーク)も日本は遅れている。総務省が18年にまとめた「通信利用動向調査」によれば、導入率は日本の14%に対して米国は85%。

日本テレワーク協会の富樫美加主席研究員によれば、「会員企業はこの数年で増えて320社。IT(情報技術)企業が中心」。

富樫氏が言う。「日本社会はまだまだ紙の文書を重視する傾向が強い。テレワークをすることで、よりクリエーティブな仕事に集中でき、成果を上げられます。皮肉なことに新型コロナの感染が広がったことで、多くの人がそう実感していると思います」

学校も遠隔授業への対応を急いでいる。東京都墨田区の安田学園中学・高校は12日から始める予定だったが、中止した。

「ウェブ会議システム『Zoom』を使う予定でした。しかし他人が会議に侵入してヘイト発言や不適切な画像を流す〝Zoom爆撃〞が起きたと聞き、中止しました」(仁木健嗣教頭)

海外のIT教育に詳しい東京都新宿区の海城中学高校の中田大成校長特別補佐が言う。

「IT産業の中心地はシリコンバレーから中国・深圳に移りつつあります。中国は広大な国土と地域格差を埋めるにはITを使った遠隔教育が有効とよく理解している。中国のIT大手アリババ創始者の馬雲(ジャック・マー)氏は元小学校教師。『僻地教育は中国の希望であり未来だ』と常々語っています」

「現金給付できない」は「政府の思い違い」?

安倍首相が突如として「1人当たり10万円の現金給付」を決めた。いったん決めた「最大30万円の所得制限付きの現金給付」は撤回するという。

一律給付に否定的だった政府が異例の方針転換をした背景にあるのは、国民の反発だ。諸外国が一律給付していることは、周知の事実なのだ。

米国は年収約825万円以下の大人に約13万円、子ども1人につき約5万5000円の給付を決めた。フランスは休業手当として企業が労働者に支払う手当を国が補塡する。英国は約33万円を上限に賃金の8割を補償。

韓国は所得の上位30%は除き、1人世帯は約4万3000円、4人以上の世帯は最大約9万円。シンガポールは21歳以上の全国民に約2万3000円、香港は1人約14万円を給付する。

一方、安倍政権はこれまで一律の現金給付に否定的だった。

松尾匡・立命館大教授(経済学)は「政府には『財政的に余裕がない』という思い込みがある」とした上で、こう指摘する。

「感染拡大の影響が広がり、どこの業界がどう影響を受けるのか切り分けられなくなりました。経済はつながっていますから、まずは非正規雇用の平均月収20万を想定した一律給付をすべきです」

鈴木隆祐・ジャーナリスト

渋井哲也・ジャーナリスト

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