国際・政治

「コロナ対策アプリ」導入の裏で消えない「個人情報の漏洩リスク」=八田浩輔(毎日新聞ブリュッセル特派員)

    封鎖されたサクレクール寺院前の公園=フランス・パリで2020年3月17日午後3時29分、久野華代撮影
    封鎖されたサクレクール寺院前の公園=フランス・パリで2020年3月17日午後3時29分、久野華代撮影

    アプリの活用で行動制限の緩和を図る欧州

    新型コロナウイルスの感染拡大に伴う行動制限が続く欧州諸国は、経済活動の本格的な再開に向けた出口戦略の一環として、感染経路を追跡するモバイルアプリの導入を検討している。

    感染流行の第2波が押し寄せることを避けながら日常生活を取り戻す目的だが、個人データの権利意識の高い欧州はプライバシーと公衆衛生とのバランスに揺れている。

    欧州連合(EU)の政策立案を担う欧州委員会は4月16日、加盟国が行動制限や店舗休業を段階的に緩めるためのロードマップを公表した。

    必要な措置の一つとして盛り込まれたのが、感染した人の濃厚接触者を効率的に見つけるモバイルアプリの活用だ。

    閣僚に相当するキリヤキデス欧州委員(保健担当)は「行動制限の緩和を進めるにあたり、市民を保護するデジタルツールは必要不可欠だ」と強調。同時に個人データ保護のルールの「完全な順守」を求めた。

    「感染経路追跡アプリ」はどのような仕組みで動くのか

    EUが出口戦略の一環として導入を検討するアプリは、近距離無線通信のブルートゥースを使う。

    仕組み自体はシンプルだ。アプリをインストールしたスマートフォンを持ったユーザー同士が近づいて一定時間がたつと、互いに記録が残る。

    ユーザーが感染したことがわかると自らアプリを通して開示し、過去2週間程度に接触した人に検査や自主隔離を促す通知が届く。

    ブルートゥースはGPSや基地局のデータを利用する場合と比べて精度が高く、地下や屋内でも有効に使える利点がある。

    オーストリア、ドイツ、スイスなど欧州8カ国の主要な研究機関の技術者たちが集い、アプリを共同開発するプロジェクトも立ち上がった。国境を越えて利用できるよう欧州全域で相互運用することを目指す。

    こうしたアプリはどれほどの効果が期待できるのだろうか。

    英国オックスフォード大学の研究チームが人口100万人の都市を想定したシミュレーションの結果、一定の対人距離を確保する社会的距離などを継続しながらアプリが普及した場合、新規感染者や入院患者を「劇的に減少」させ、人口の約60%がアプリを使用すれば「地域的な流行を終わらせることできる」ことが示唆されたという。

    ただし人口の60%をスマホユーザーに置き換えると80%に相当するといい、任意の利用が想定される欧州諸国では相当にハードルが高い。

    類似のアプリを導入しているシンガポールでは、ダウンロード数は人口の20%程度にとどまり、利用者になるとその数はさらに絞られているようだ。

    欧州市民の受け止め方は割れている。ベルギー紙ヘット・ニウスブラットがゲント大学などの研究者と協力して実施した世論調査によると、51%はアプリをインストールすると答えたが、39%はインストールしたくないと回答した。

    死者10万人を超えた欧州で「第2次大戦後で最大の試練」(メルケル独首相)とも形容される今回の有事を前に、個人データの利用に対する意識の揺らぎもうかがえる。

    回答者の51%は新型コロナ対策でGPSの位置情報の利用に問題はないとしたが、危機終息後の利用も容認すると答えた人は34%に下がった。

    一方、28%はいかなる場合でも利用してほしくないと回答した。

    EUの個人情報保護ルールは「世界一厳しい」

    欧州では移動の自由が失われ、集会も禁止されるなど私権が大きく制限される異例の状況が続く。

    警察がドローンを飛ばして外出制限が順守されているか目を光らせる動きもあり、監視社会の常態化や提供したデータの目的外利用に対する不信感も広がる。

    EUには「世界で最も厳しい」とされる個人データの流通を規制する法的要件を定めた「一般データ保護規則」(GDPR)がある。

    企業などが保有する個人データの厳格な管理を求め、違反時には巨額の制裁も課すことができる。

    しかしEU加盟国のデータ保護機関の集まりである「欧州データ保護会議」はコロナ危機を受けてまとめたガイドラインで、感染防止を目的として匿名化されたデータを使うことはGDPRに抵触しないとの見解を示し、データ利用の動きを後押しした。

    ドイツやベルギーなど複数の加盟国では、携帯電話会社が政府に匿名化された利用者の位置情報を提供している。政府はこれらのデータを外出規制がどの程度守られているかの分析に役立て、感染者数の増加率などと突き合わせながらより強い措置を取るか否かの判断につなげてきた。

    上記の世論調査では回答者の78%がアプリなどで蓄積された個人データが別の組織や企業に渡る可能性があると考えており、63%は感染追跡アプリに似たシステムが将来別の目的で転用されることに懸念を示した。

    各国政府は、感染防止のため利用する個人データはコロナ危機の終息後に廃棄されると強調している。

    米国ではグーグルとアップルが感染追跡アプリを共同開発することが発表され、世界的な開発競争に拍車がかかる中、ベルギーでは法学者や技術者など100人の専門家が政府に慎重な対応を求める共同声明を発表。

    アプリの効果が実証されていない点、データを見ることができるのは誰かという透明性の視点、リスクの高い高齢者や障がい者、経済的な理由でスマホを持たない人が取り残される可能性など複数の課題を列挙した上で「こうしたアプリには法的な側面だけでなく、倫理的、社会的、政治的、そして技術的な問題を含んでいる」と警告した。

    声明に加わったルーベン・カトリック大のアントン・ベッダー教授(IT倫理)は「欧州ではGDPRの枠組みに問題はない。いま試されているのはコンプライアンスの問題だ」と指摘する。

    八田浩輔(毎日新聞ブリュッセル特派員)

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