教養・歴史

コロナ騒動の裏側で麻生太郎の家業が「葬儀場利権」に触手を伸ばすワケ(後編)=坂田拓也

    中国の多死社会のスケールは日本と比較にならないほど大きい(上海市の長江河口の崇明島にある大墓苑)
    中国の多死社会のスケールは日本と比較にならないほど大きい(上海市の長江河口の崇明島にある大墓苑)

    多死社会の超優良企業

     都心の火葬を独占してきた東京博善は優良企業である。近年でも従業員200人余りで売り上げ約80億円に対し20億円の利益を出している。住民が反対するため都心で火葬場を新設するのは難しく、多死社会を迎える今後しばらくは利益の伸長が見込まれる。

     この東京博善を持つ廣済堂でオーナーの櫻井氏が亡くなり、経営不振が見えてきたことが買収に拍車をかけたと思われる。

     最初はHIS創業者の澤田秀雄氏だった。櫻井氏の株を相続したのは前妻の娘S氏と後妻の未亡人・櫻井美江氏。櫻井美江氏は株保有を続けるが、S氏は06年に澤田氏に株を売却した。

    「櫻井さんの後を継いだ番頭の平本(一方)さんは、澤田さんが株を買ったことに『人の会社に土足で上がり込んできて、挨拶の1つもない』と、それは怒り心頭でした」(当時を知る出版社元幹部)

    東京博善に着目し廣済堂の買収に手を上げたHIS創業者の澤田秀雄氏
    東京博善に着目し廣済堂の買収に手を上げたHIS創業者の澤田秀雄氏

     澤田氏は廣済堂に対して自身の就任を含めた取締役入れ替えの株主提案も行ったが、買収には至らなかった。その後も大手ノンバンクなど複数の企業が買収に関心を示したという。

     番頭だった平本氏は、戦後最大の疑獄事件と言われた1954年の造船疑獄の火付け役になった金融業・森脇将光氏の秘書を務めていた経歴を持つ。櫻井氏は借金をして事業を拡大したため、平本氏は会長に就いてその負債を整理するためにゴルフ場や不動産の売却に奔走し、13年に亡くなった。

     経営は関西廣済堂出身の長代厚生氏が後任社長に就くが、その後長く低迷することになる。

    「本業の印刷業は斜陽となり、利益を出していた求人誌はデジタル転換に失敗。電子書籍販売のプラットフォーム、病院への大型モニター設置、大型高画質印刷機の導入による名画印刷など新規事業を次々と立ち上げましたが、すべて失敗しました」(廣済堂の元社員)

    三井住友銀と米ファンドのMBOは失敗

     2010年には、東京博善が親会社(廣済堂)に貸し付けるために三井住友銀行をアレンジャーとして200億円のシンジケートローンを組んでいる。

     15年1月、三井物産出身で三井石油社長を務めた土井常由氏が経営企画部長として入社した。

    「三井住友銀行から人事部長として出向してきた小林(秀昭)さん(後に取締役)らが招聘したようです。その後経営陣による権力争いが起きて、提携先の印刷会社社長が一時的に社長になった後、土井さんが社長に昇格しました」(同)

     次の“買収”は土井氏が中心となった。

     18年6月に社長に就任した半年後の翌年1月、土井社長以下の取締役会がMBO(経営陣による買収)の実施を発表し、翌日からTOB(株式公開買い付け)を始めた。外資系ファンド米ベインキャピタル傘下のファンドが廣済堂の株を買い取り、廣済堂と合併して株式非公開化を図るものだった。

     しかし、廣済堂監査役の中辻一夫氏(現・社外取締役)と創業者・櫻井氏の未亡人で大株主の櫻井美江氏が反対した。

     中辻氏が反対した理由は主に2点だった。

     1点は、経営陣のMBOには企業価値を向上する具体的計画がないこと。1点は、株買い取りと廣済堂の負債借り換えのために三井住友銀行に約340億円の融資を受けること。MBOが成立すれば廣済堂の有利子負債は200億円から340億円に増え、事業キャッシュフローによる返済が困難になり、事業の切り売り・解体を招く。

    「土井社長が早々にMBOを言い出したのは、就任時の株主総会で信任率が6割と低く、創業家との関係も築けなかった不安定な立場の上に、本業(印刷業)の立て直しは難しい半面、東京博善を持っているために外部が介入してくるからでしょう。MBOにより非公開化すれば、創業家やHISの澤田氏など大株主を排除し、買収攻勢も避けられる。

     しかしMBOを支援するベインキャピタルは、利益の最大化を考えれば東京博善の切り出しを想定するだろうし、三井住友銀行が融資を増やすのも東京博善があるからです。土井社長のMBOは保身にしか見えませんでしたが、ベインと三井住友に翻弄(ほんろう)されただけのように見えました」(前出・元社員)

     決定的だったのは経営陣が提示したTOB価格があまりに低かったことだ。

    安いTOB価格に目をつけた村上ファンド

    廣済堂のTOB価格の低さに気づいた村上世彰氏
    廣済堂のTOB価格の低さに気づいた村上世彰氏

     本業不振の廣済堂は株価が400円台に低迷していた。経営陣が提示した1株610円のTOB価格は4割のプレミアムを付けたものだったが、1株当たり純資産(1114円=18年3月期)に比べればほぼ半値だった。

     TOB価格を見て「あまりの低さに驚いた」とされるのが村上世彰氏である。

     MBO発表後に廣済堂の株価は上昇したが、瞬く間にTOB価格(610円)を超えた。その原因は村上氏の参戦だったことがすぐに判明する。氏に連なる投資会社レノがMBO発表5日後に廣済堂の株を市場で大量取得し、同じく村上氏系の南青山不動産と2社で株を買い増していた。

     3月に入り、南青山不動産が1株750円で対抗TOBの実施を発表した。その際、「廣済堂は単体での収益低下は著しいが、子会社の東京博善は安定した収益を創出している。経営陣のTOB価格は1株当たり純資産を大幅に下回り、既存株主を軽視している」と批判。 

     経営陣はTOB価格を引き上げて期間を延長したが4月8日に終了し、応募株数は約22%で不成立に終わった。翌5月に村上ファンドもTOBが終了し、応募株数はわずか1.7%だった。

     MBOが失敗した土井社長は6月の株主総会で退任し、常務の根岸千尋氏が社長に昇格、社外取締役などが新たに選任された。

    「内部に人材がいなかったために招聘された土井さんが辞め、社内を見回しても適任者がいるとは思えませんでした。根岸さんにしても実績は無く、消去法で選ばれたと言われました」(前出・元社員)

     それでも大株主の櫻井美江氏は新経営陣の支持を表明した。

     一連の「仕切り役」と囁かれたのが、櫻井美江氏と中辻氏の顧問に就いてMBO反対を支え、新経営陣発足後に廣済堂本体の顧問に就いた大塚和成弁護士だった。

     役員人事で目を引いたのは、社外取締役に就いたファンド運用会社社長の松沢淳氏だった。松沢氏は、家電量販店ラオックスの経営企画部長を17年9月から約半年間務めていた。また、松沢氏が社長に就任したアジアゲートホールディングス(ジャスダック上場)は早い段階で廣済堂の株を取得し、MBOと村上ファンドの対抗TOBが進んでいた昨年3月末までに6位株主になっていたことが明らかになる。これによりラオックスに連なる中国系資本が早くから廣済堂に興味を示していたことがうかがえた。

    日本の火葬技術が欲しい中国

     新体制が発足した後、廣済堂の株主が動いた。

     株主総会直後、約12%を保有してきたHISの澤田氏が全株売却を決めた(株所有は澤田ホールディングス)。売り先は、ラオックス社長も務めた中国人実業家・羅怡文氏に連なる人材派遣会社。売却額は1株750円で23億円に上る。

    「中国は土葬社会ですが、土地不足などから共産党の指導で火葬への切り替えが始まっています。中国の火葬技術は当然低く、日本ではほぼ唯一、民間企業の東京博善が火葬技術を持っている。中国での火葬事業展開を見越して羅氏が買収に関わったと言われました」(前出の元社員)

    廣済堂の創業者から信頼されている中国人実業家の羅怡文氏(S&Lホールディングス代表、ラオックス元社長)
    廣済堂の創業者から信頼されている中国人実業家の羅怡文氏(S&Lホールディングス代表、ラオックス元社長)

     羅氏は新経営陣に敵対していないという。

     澤田氏の売却から4カ月後の19年11月、新経営陣を支持した創業家の櫻井美江氏が保有株の半分を1株750円で羅氏に売却し(約7億5000万円)、櫻井氏の保有割合は5.7%に低下した(購入は羅氏が代表のR&Lホールディングス)。

     今年88歳の櫻井美江氏は創業者の意を継ぐ株の保有者を探し、そこに羅氏が浮上した。羅氏のことを「国籍は中華人民共和国でございますが、我が国で約30年にわたりご活躍され、(略)人格識見も大変優れている方」と表現。羅氏は櫻井氏に対し、新経営陣の改革実行の支援を約束したという(19年11月18日の発表文より)。

    麻生グループ登場

     これで終わらなかった。麻生太郎・財務相の家業である麻生グループが、市場で株を買い進めていたことが判明したのだ。

    麻生太郎副総理兼財務相の実弟が会長を務める麻生グループは廣済堂の株20.1%を取得し、同グループの関連会社とした
    麻生太郎副総理兼財務相の実弟が会長を務める麻生グループは廣済堂の株20.1%を取得し、同グループの関連会社とした

     麻生グループは明治期に福岡で「麻生炭鉱」を創業し、セメント事業、病院経営、建築土木業等に業容を広げ、従業員1万4000人・グループ102社・総売り上げ3800億円の企業グループに成長した(19年3月末)。創業者の麻生太吉氏は麻生財務相の曽祖父で、麻生財務相も政界進出前に前身の麻生セメント社長を務めていた。現在の麻生泰会長は実弟、麻生巌社長は甥に当たる。

     麻生グループは遅くとも19年11月に市場で株を買い始め、今年1月に保有割合が5%を超えて大量保有報告書を提出した。翌2月、村上世彰氏が保有したままだった株の大半を麻生グループに売却した。売却価格は1株950円。600円台から株を取得した村上氏に連なる2社は7億~8億円の売却益を得たと見られる。

     麻生グループは以降も市場で株を買い増して4月10日に保有割合が20%を超え、廣済堂に対して会計上の関連会社にする意向を示したという。

     麻生グループの取得額は高額だ。羅怡文氏周辺の取得で廣済堂の株価は上昇し、昨年末にかけて一時1000円を超えた。年明けは下落したが、麻生グループによる株取得の判明、村上ファンドの株譲渡と続く中で再び上昇して一時は1100円を超えた。その間、麻生グループは株価に関わらず淡々と株を買い進めたように見える。

     コロナ問題は東京博善を直撃した。火葬は行っているが利益が出る付帯事業は縮小し、売り上げは激減しているという。廣済堂の株価も下落して現在は700円台。

     近年、麻生グループは企業買収に意欲的だ。12年に出版社ぎょうせいを買収、17年に富士通系システムインテグレーターの都築電気(東証2部)の株を取得して筆頭株主になり、18年には特殊土木の日特建設(東証1部)を子会社化した。

    「みずほ銀行元行員の詐欺事件に巻き込まれた出版社のぎょうせいを、本業と無関係の麻生グループが割安で買収した時、“政治決着”と言われました。今回も本業と直接関係のない廣済堂の株を割高で買い進めているのは、明確な根拠があるように見えます」(金融コンサルタント)

     麻生グループが株を買い進めていた今年1月、廣済堂は東京博善の完全子会社化を発表した。

     東京博善の株主は多数の寺院・僧侶で占められ、19年3月末時点で法人94社、個人286人に上る。故櫻井氏は東京博善を子会社化した後も株の買い増しを望んだが、寺院・僧侶が買い取りに応じず60・9%以上買えなかった。

     その廣済堂が昨年7月に東京博善側に協議を申し入れ、完全子会社化が決まったという。

     完全子会社化には条件が付いた。「東京博善の経営を尊重すること」「廣済堂のコア事業にエンディング事業を加えること」「廣済堂は東京博善を今後10年間は売却しないこと」…そして東京博善は独立した「東京博善を考える会」を設置し、以前の僧侶経営に連なる日華代表の宇都宮秀仁氏、法善寺代表の中山斉栄氏の他、元厚労省健康局長の福田祐典氏ら7名が構成員になるという。

     廣済堂の新経営陣はリストラを進め、出版部門を売却した。将来は、廣済堂そのものが葬儀事業会社に至る可能性もある。

     原則として火葬業が公営で行われている中、東京博善が民営を続けることができたのはさまざまな形の政治力もあったとされる。これまで東京博善の買収に動いたのは葬祭事業と一見無関係の企業ばかりである理由もそこにあるのだろうか。

    (ライター・坂田拓也)

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