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「検察庁法改正」による「河井夫妻1・5億事件のもみ消し」で官邸VS検察バトル勃発の真相=鈴木哲夫(ジャーナリスト)【サンデー毎日】

    自宅を出て車に乗り込み法務省へ向かう黒川弘務東京高検検事長。定年延長問題渦中の黒川氏は新聞記者宅で賭けマージャンをしていたことを認めて訓告処分を受け、辞表を提出した=東京都で2020年5月21日午後4時50分、大西岳彦撮影
    自宅を出て車に乗り込み法務省へ向かう黒川弘務東京高検検事長。定年延長問題渦中の黒川氏は新聞記者宅で賭けマージャンをしていたことを認めて訓告処分を受け、辞表を提出した=東京都で2020年5月21日午後4時50分、大西岳彦撮影

    「河井克行・案里夫妻の1・5億公選法違反事件」に怯える官邸

    乱世の到来か。

    安倍政権〝肝いり〞だったはずの検察幹部の定年延長を巡る検察庁法改正案は今国会での成立は見送りに。

    焦点だった黒川弘務・東京高検検事長は賭けマージャンで辞職し、「秒殺」された。

    失態が続く現政権だが、新たな勢力も結集の兆しを見せている。

    今年1月の通常国会が始まる直前、自民党の元幹部は、こう話していた。

    「今国会で首相官邸が一番ピリピリしているのは『桜を見る会』問題でも何でもない。河井克行・案里夫妻に絡む公選法違反事件だ。何を恐れているか。彼らに渡った1億5000万円の選挙資金の原資だ。その金が誰の指示で、どこから出て、どう使われたのか。検察がそこを追及していくと政権に大きな打撃になる」

    東京高検の黒川弘務検事長(5月22日に辞職承認)を巡る問題は、もはや周知の通りだろう。

    まず現政権は、その定年延長を正当化しようとしてきた。

    冒頭の元幹部は、こうした経過を見ながら「言った通り。そうやって政権が黒川氏を盾にしようとした発端こそが河井事件で、その捜査を何とか防ぎたかったからだ」と改めて話す。

    河井夫妻を巡る事件の焦点は、案里氏の初当選した昨夏の参院選を巡り、夫の克行前法相らが絡む買収疑惑などを検察当局が立件するのか、という点に移っている。

    そして、冒頭の元幹部は河井事件と黒川氏を巡る問題は絡み合っているというのだ。

    「安倍官邸と検察の泥仕合」と表現した上で、次のように解説する。

    「河井事件が広がらないよう、黒川氏の検事総長就任の可能性をちらつかせる。それで検察を牽制した。ところが、逆に検察の現場を発奮させてしまい、克行氏の現金配布などへの関与の有無についても捜査が進んだ。そこで官邸は検察庁法改正により、時の政権が検察人事に介入できる特例を設け、再び検察を牽制した」

    まさに官邸VS検察の泥仕合だ。

    そこに『週刊文春』が、緊急事態宣言下での賭けマージャンをスクープする。

    その経緯を官邸に近い自民党関係者が明かしてくれた。

    「今回は多くの著名人が検察庁法改正に大反対のツイートをした。そうした世論もあって官邸と自民党国対は慎重姿勢を取っていたが、5月16日までは『最後は強行採決に持ち込む』と決めていた。しかし、17日の日曜日、文春が黒川氏やマージャン相手への確認取材に動き、黒川氏は法務省や官邸に連絡した。翌18日、安倍晋三首相は法案の今国会での成立を見送ると決めた」

    前出の自民党の元幹部は安倍首相の敗北だとみる。

    「人事カードを失ったことは官邸にとって痛い。検察は河井事件について立件を視野に進めるだろう。原資について明らかになれば、それは新たな政局の火種になる可能性もある」

    全国民の関心事「コロナ対策」はごまかしが効かない

    そして、新型コロナウイルスも安倍政権を弱体化へと向かわせている。

    「海外では有事に政権の支持率が上がることが多い。今回なら台湾や韓国、ヨーロッパではドイツなど。めちゃくちゃな米国のトランプ大統領でさえ、大風呂敷を広げて『戦いを制する』などと演説した直後は、支持率が5㌽は上がった。それに比べて安倍首相はどうか」(自民党ベテラン議員)

    最新のマスコミ各社の世論調査は、『朝日新聞』が5月中旬に行い、内閣支持率は前月から8ポイントも下落して33%だった。不支持率は47%。

    この数字は同社調査としては森友・加計問題で批判が高まった2018年3、4月の31%に次ぐ低さだ。

    永田町では支持率が20%台になると「危険水域」(前出のベテラン議員)とも言われ、5月23日の『毎日新聞』の調査は27%だった。

    安倍首相の出身派閥である清和会幹部は、コロナ問題の特殊性と政権への打撃を次のように分析する。

    「これまで何度も、スキャンダルや自然災害の対応の遅れはあった。だが、国民にとっては、問題がそこまで身近ではなかった。『モリ・カケ』も『桜』も確かに倫理的には許せない。でも、多くの国民が当事者というわけではない。コロナは違う。国民全員に降りかかり、一人一人が当事者だ。だから、政府の対応に鋭敏で、政権を見極めている。失敗したら『安倍政権はダメだ』という世論が確定する。後でいろんなことをやってもごまかせない」

    コロナで露呈したのは、有事の対応のまずさである。

    一例は、スピード感が皆無の緊急経済対策だ。

    4月末にようやく成立した1次補正予算は「事業規模117兆円」と安倍首相は胸を張る。だが、真水は約25兆円程度だ。

    手を付けていなかった前年度補正予算なども数え入れ、数字を膨らませている。

    しかも、困窮世帯へ「30万円給付」と打ち出したかと思えば、「仕組みが分かりにくい」「損失は全国民に等しくある。一律給付にすべき」などと世論の猛反発を浴びた。

    その後の「一律10万円給付」に急転する経緯は語るまでもないだろう。一度組んだ予算案を変更するなど、政権にとって恥辱以外の何物でもない。

    「『30万円』は財務省の意向。条件をつけることで財政出動を抑えたい思惑があった。決めた安倍首相、秘書官、麻生太郎財務相、財務官僚の4人は『与党は追認するだろう』と高をくくっていた。後になって首相周辺から『実は首相も10万円がいいと思っていた』など〝言い訳情報〞がリークされた。ならば、なぜ当初からビシッと言わなかったのか。安倍首相は結局、官僚や官邸側近任せということ。指導力を発揮できていない」(自民党の閣僚経験があるベテラン議員)

    「給付金が間に合わない」国民から怒りの声

    2次補正予算案も、ある程度は明らかになっている。

    だが、どうもメニューに新味はない。

    5月14日の記者会見で安倍首相は6月中の成立を目指し、2次補正予算に着手するとぶち上げた。

    雇用調整助成金を日額1万5000円まで特例的に引き上げ▽苦学生への支援▽事業主への家賃補助―などを並べ、具体策は与党に取りまとめを委ねるとした。

    だが、雇用調整助成金引き上げも家賃補助も、1カ月も前から事業主らが声を上げていたことだ。これから補正予算案を組み、成立させ、届くのは、いったいいつになるのか。

    翌月払いの家賃など、とても間に合わない。

    東京で不動産業や美容サロンを経営する事業主の訴えを取材した。

    「合わせて6店舗を運営しています。毎月の家賃は計約120万円。5月21日になり、ようやく自民党が家賃支援策をまとめたようです。でも、上限がどうだとか、融資と組み合わせるとか、もういい加減にしてほしい。しかも手元にお金が来るのは、早くて7月後半です。4月から自粛で売り上げはほぼゼロ。いよいよ一部店舗をたたまざるを得ません。金融機関と思っても今、金融機関の融資の申し込みは長蛇の列です」

    とにかく遅すぎる。事業主の怒りは収まらない。

    「米国の実業家の友人もコロナに直面しています。ただ、彼の州の家賃補助は、賃貸借契約書と通帳のコピーで、家賃の金額と本人の確認ができれば、とりあえず3カ月分の金額が1カ月程度で振り込まれる。最終的な帳尻は年度末の税務申告で行います。なぜ日本でできないのでしょうか」

    コロナ対策よりも「ポスト安倍」相変わらずの官邸力学

    さらに安倍首相は2次補正を進めるのにあたり、わざわざ「与党において」と自民党に素案の提言を任せた。まとめ役は同党の岸田文雄政調会長だ。

    岸田氏といえば、安倍首相が「ポスト安倍」の1番手として考えているとされる。

    1次補正では岸田氏が会談の場を作り、「後継者としての見せ場を安倍首相サイドが演出した」(首相周辺)。

    ところが、ご破算になった「30万円」を含め1次補正の評判は散々。逆に岸田氏のメンツは潰れた。

    そこで「再び岸田氏の存在感を高めさせようと、懲りずに2次補正でも、まとめ役という出番を作った」(同)というのだ。

    岸田氏は5月20日に党内の提言をまとめ、翌日に官邸に出向き、2次補正の内容を提言した。しかし、安倍首相が先に表明したメニューに、肉付けをしたにすぎないとの印象は拭えない。

    茶番のようなやり取りを見た自民党ベテラン議員は、こんな見方をする。

    「安倍首相は昨年末あたりから後継者の有力候補として岸田氏の名前を挙げるようになった。岸田氏なら禅譲後も自分がコントロールできる。仮に今後、もし『安倍首相が4選を目指す』ということがあれば岸田氏は黙って従い、その次の指名を待つだろう。首相にとって都合がいい後継者だ。だが、コロナの経済対策は首相と組んで動いているというアピールも『30 万円』で批判された。2次補正も遅い。むしろ逆効果だ」

    自民党内で独自に経済対策を提言している若手議員の一人は、岸田氏に対して不満を漏らす。

    「とにかくオリジナリティーが見えない。ブレーンは同じ岸田派で、財務省出身の木原誠二衆院議員を頼っているようです。ただ、今回は岸田さんの政策能力などに疑問符がついたんじゃないでしょうか。お膝元の岸田派若手議員からでさえ『総裁候補は思い切って若い世代から』『河野太郎防衛相や石破茂元幹事長の話も聞いてみたい』といった声が出ています」

    ポスト安倍を巡り、「首相の主導権も完全に弱まりつつある」(前出のベテラン議員)のである。

    接近する菅官房長官と二階幹事長

    コロナは官邸と与党の力関係も変えた。

    前述したように「条件付き30万円給付」を、「一律10万円給付」に力業で変えたのは自民党の二階俊博幹事長だった。

    これまで「政(政府=官邸)高党低」などと言われてきたように、官邸主導で与党はただ追随するだけだという構図がコロナで崩れ始めたことを意味する。

    しかも、二階氏は官邸内の力学の変化にも影響力がある。

    今、官邸の不協和音が取り沙汰されている。

    「それは菅義偉官房長官と、安倍首相の信頼の厚い今井尚哉秘書官兼補佐官の関係だ。2人は危機管理の質が違う。菅氏は政権を守る。今井氏は首相個人を守る。そんなふうに」(首相に近いベテラン議員)

    この2人の溝が顕著になったのは、新元号発表の記者会見で、菅氏の存在が国民の間に浸透し始めたあたりからだ。

    今井氏にとってポスト安倍政局が現実味を帯びる中、菅氏に主導権を握られたくないという警戒感があるのだろう。

    前出のベテラン議員が言う。

    「今井氏側は『桜』の問題処理を巡って菅氏へは相談せず、安倍首相にぶら下がり取材に応じさせた。また、コロナでは菅氏とは十分に話を詰めず、安倍首相に休校を進言しました。1次補正の詰めでも菅氏を外しました」

    菅氏は口にしないが、支える無派閥議員が心中を察する。

    「本人はやっていられないという思いだ。今回のコロナの危機管理のやり方に違和感を持っている」

    その菅氏に連絡を入れているのが二階氏だという。

    別の菅氏に近い無派閥議員が語った。

    「菅さんが官邸内で置かれている立場を心配し、(二階氏が)たびたび電話を入れて気遣っています。二階派には『無派閥の菅さんを招き、総裁候補にする』というプランを話す幹部もいる。二階派と菅さんを支援する無派閥を合わせれば100人規模になる。菅さんが候補でなくとも、ポスト安倍ではこの2人が一緒になって主導権を握れる」

    さらに二階―菅コンビには、連立与党の公明党とのパイプがある。

    菅氏には最大の支持団体・創価学会幹部との信頼関係もある。

    つまり、二階―菅―公明党というトライアングルが〝コロナ政局〞によって連携を強め、今後の政策や選挙、そしてポスト安倍において、発言力を増していく可能性があるのだ。

    世論監視や党内に新たな対立構図を生み出しつつある新型コロナ。安倍1強は崩れ、乱世へと移って行く。

    すずき・てつお 1958年生まれ。ジャーナリスト。テレビ西日本、フジテレビ政治部、日本BS放送報道局長などを経てフリー。豊富な政治家人脈で永田町の舞台裏を描く。テレビ・ラジオのコメンテーターとしても活躍。近著『戦争を知っている最後の政治家 中曽根康弘の言葉』『石破茂の「頭の中」』

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