国際・政治

コロナで「言論の危機」に直面したので、月刊『Hanada』の花田紀凱編集長を直撃してみた(1)=斎藤貴男×花田紀凱【サンデー毎日】

花田紀凱さん(左)と斎藤貴男さん(右)=東京都内で2020年3月9日、中村琢磨撮影
花田紀凱さん(左)と斎藤貴男さん(右)=東京都内で2020年3月9日、中村琢磨撮影

あらゆる政治言論が「保守(右派)VS.リベラル」というイデオロギー対決の図式で語られがちな日本。いま、コロナ禍に直面して、この構図が先鋭化している。

いわく、「未曽有の事態なのだから、多少の不手際は仕方ない。安倍政権を批判すべきではない」。いや、「政権の対応は後手後手で、国民の命と生活を守れていない」――。「いつもの口げんか」に辟易(へきえき)している向きも多いだろう。

この「保守VS.リベラル」の主戦場となってきたのが、月刊『Hanada』(飛鳥新社)だ。『週刊文春』の伝説の編集長、花田紀凱氏が責任編集する保守論壇誌で、「嫌韓・嫌中」をはじめ、リベラル批判を鮮明にする。

その花田編集長に、かつて『週刊文春』記者として師事し、現在はリベラル論壇の一角を占める斎藤貴男氏が斬り込んだ。かつての師弟はいま、論壇で対峙する関係だ。いったいどんな対談が繰り広げられるのだろうか。(司会・構成/山家圭)

「ネトウヨ論壇」の生みの親は花田編集長?

斎藤 雑誌ジャーナリズムの現状を憂慮しています。

今、保守派(右派)の総合誌は、リベラル勢力や韓国・中国に対して、一方的に攻撃的な言葉を投げる「ネトウヨ」(*1)的な言論が目立ちます。

内輪でオダをあげているばかりで、批判相手と正面から対峙しているとは思えません。ジャーナリズムとして不健全な状態です。もっともこれはリベラル側にもいえる傾向ですが。

(*1:ネット右翼。愛国的な思想を持ち、韓国・中国やリベラル勢力を中傷する言説をネットなどで発信する人たち)

私は、保守派がこうなってしまっているのには、花田さんにも大きな責任があると考えています。

ご自身は意図していなくても、『Hanada』がこの状況を主導してしまっているのではないですか。

花田 僕は自分のことをネトウヨとは思っていないし、それに『Hanada』なんてマイナーな雑誌で、良くも悪くもそんな影響力はないよ。

斎藤 いや、雑誌不況の中で、総合誌では『文藝春秋』を除くと、最も目立って売れているでしょう。ですから他誌も競うようにして真似たがる。

『Hanada』の亜流でしかない雑誌もある。あの「大」新潮社だって、『新潮45』を『Hanada』路線にして迷走し、揚げ句に潰してしまった(*2)。

中身も常連筆者も、まるで「第2Hanada」でしたよね。

(*2:1982年に前身の『新潮45+』創刊。85年『新潮45』に。ノンフィクションに力を入れていたが、部数低迷などをうけ、2018年に入ると反リベラルのオピニオン路線に。同8月号では、自民党の杉田水脈衆院議員が同性カップルを念頭に「生産性がない」と主張、10月号でも、文芸評論家の小川榮太郎氏がLGBTなど性的少数者と痴漢を同列に論じ、社内外から強い批判をうけ休刊に)

花田さんにはそういった影響力があるからこそ、雑誌ジャーナリズムがこのままでいいのか、問いを投げ掛けたいのです。

以下、具体例をあげてお話しさせてください。

花田 『Hanada』が言論を悪くしているというのには異論があるけど、まずは伺いましょう。

『Hanada』で繰り広げられた「青木理バッシング」

斎藤 例えば、典型的なネトウヨ記事だと思ったのは、『Hanada』が今年2月号から3回にわたって載せた、ジャーナリストの青木理さんへの批判記事です(*3)。

ブロガーが彼のテレビ番組でのコメントを集めて、逐一「論理的に」分析したという。

「『ある種』という曖昧な言葉を悪用」し、「あらゆる誤謬(ごびゅう)を連発して都合のよい結論を導く」などと、思いっきり冷笑していていました。

(*3:「『素養』も『資格』もない ある種ジャーナリスト青木理氏」(2月号)、「常に韓善、日悪 ある種『バカ殿』青木理というジャーナリスト」(3月号)、「青木理は極悪レフェリー」(4月号)と題して、ブロガーの藤原かずえ氏が青木氏のテレビコメントを分析した)

花田 僕は読んでその通りだと思いましたよ。

斎藤 批判するなと言いたいのではないのです。ただ、瞬時に語らないといけないテレビでは、十分に意を尽くせない場合もあります。不用意な口ぐせだって出る。

それをネチネチと、神さまのような高みから一方的に責め立てるのがまっとうなジャーナリズムなのか、ということです。

リベラルの代表格とされる青木さんを攻撃すれば、それだけで喜ぶ向きもあるかもしれない。

でも、これでは普通の読者は、読むのが辛くなってしまう。結局、仲間内の楽屋オチにしかなりません。

そもそも彼は、一方的な批判も甘んじて受けないといけない政治家や財界人とは違う、在野の人です。

それを、ああまでこき下ろすからには、相手の言い分も聞くべきですよ。つまり青木さんへの取材が不可欠だった。申し込んだけど拒否されたというのなら、話は別ですが。

なにも青木さんの代弁を買って出ているわけじゃない。私も以前、若い頃に常連筆者の一人で愛着も強かった文春の『諸君!』(*4)に、やはり取材もないままバカ呼ばわりされ、悲しくてならず、「お前ら、それでも文春か」と怒鳴りつけたことがあるんです。

(*4:文藝春秋が1969年に創刊した保守派オピニオン誌。2009年6月号で休刊)

私の過去40年の記者経験からいうと、ろくでもない野郎だという先入観があっても、いざ会ってみると、逆に教えられたり、むしろ相手に理がある部分もなくはないと気付かされたりする。

その上で書く批判は、過度な攻撃性や嫌らしさが抑制されて、かえって相手にも届くのが常でした。

まさにこの「相手とのやり取り」があるかないかが、ジャーナリズムと、一方的に相手を攻撃して留飲をさげるネトウヨとの分かれ目になるのではないでしょうか。

青木さんに問題があると考えるなら、書けばいい。

でも、花田さんの雑誌でやるなら、きちんと取材ができるプロの書き手にやらせてほしかった。

「リベラル批判」こそ読者の求めているもの

花田 そうかな? 雑誌ジャーナリズムには、取材して書く原稿のほかに、これまで本人が書いたものや喋ったことをもとに分析・批評する手法もある。

今回の青木氏批判の場合、青木さんがテレビという影響力のある媒体で、公に語った言葉をきちんと分析したオピニオンとして出したわけで、相手への取材がなくてもいい。

それに、僕はブロガーの書いたものだって、編集者の目を通して世間に出せる水準だと判断したら載せていいと思う。

ブロガーは玉石混淆ですけど、知識が豊富で、分析力・表現力のある人も少なくない。

これを書いた藤原かずえさんもその一人です。

それで、青木さんに反論があれば言ってくればいい。

僕は批判を聞く耳を持たないわけではない。青木さんの反論に説得力があれば載せてもいい。だから、ここの理屈はおかしい、ここは違うと具体的に言ってきてほしい。

そうすれば、斎藤さんが言うような、左と右との対話が生まれて、議論が深まっていくかもしれないね。

でも、『Hanada』を批判する人は大抵、「ネトウヨだ、ヘイトだ」とレッテルを貼るだけで、中身に入ってこない。

青木さんもそうで、『サンデー毎日』の彼のコラムでも、「宣伝になるのは嫌」だからと誌名を出さずに「醜悪な差別扇動記事を載せている」とかいっているけど、どの部分が差別なのかは指摘しない。青木さんはいつもそうなんです。

それに、今回の記事のもっと以前に、別の件でメールで取材の申し込みをしたことがあるのですが、ナシのつぶてでした。

たしかに『Hanada』はリベラル側を強く批判していますよ。

でもそれは事実に基づく根拠のある批判です。論理構成もちゃんとしているし、文章自体も酷いものは出ていないはずです。反論も受けます。

だから、いたずらに相手を攻撃するだけのネトウヨとは違う。読んでもらえれば分かります。

(「2」へ続く)

■斎藤貴男(さいとう・たかお)

1958年生まれ。ジャーナリスト。監視、格差、強権支配をルポルタージュで批判してきた。著書に『機会不平等』『ルポ改憲潮流』『戦争経済大国』『「明治礼賛」の正体』『決定版 消費税のカラクリ』など多数

■花田紀凱(はなだ・かずよし)

1942年生まれ。月刊『Hanada』編集長。66年に文藝春秋入社。88年『週刊文春』編集長に就任。6年間の在任中、部数を51万部から76万部に伸ばす。著書に『「週刊文春」と「週刊新潮」 闘うメディアの全内幕』 (門田隆将氏との共著、PHP新書)など

・対談構成 山家圭(やまが・けい)

1975年、埼玉県生まれ。フリー編集者。社会保障専門誌の編集記者(厚生労働省担当)を経てフリーに。一時、保守論壇誌の編集にかかわる

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